音楽室の廊下にセックス・ピストルズ

 ブレイディさんはイギリス在住23年目。現在、一家が暮らす元公営住宅地はいわゆる「荒れている地域」だ。

 息子さんが通う公立中学校もかつては荒れていたが、生徒の個性を尊重する自由なカリキュラムで学校ランクの真ん中ぐらいまで持ち直したという。学校見学会で入学に乗り気になったのは息子さんではなくブレイディさんだ。

見た瞬間にここしかないなって思いましたね。私が決めちゃいけないんだけど、かなりここしかないって顔して歩いていたんだろうなって思いますね。

 だって、音楽室の廊下にブリティッシュ・ロックの名盤が貼られていて、最初がロニー・ドネガン、ザ・ローリング・ストーンズ、T・レックス……ときて、まさかあるんじゃないかと思ってたら、セックス・ピストルズがあったっていう(笑)

 名門カトリック小学校から元底辺中学校に入学した息子さんはかつての同級生とは異なる面々と出会う。

 さまざまな文化圏からの移民、複雑な家庭環境など彼らのキャラは濃く、背負っているものも重い。中でも中学のクリスマス音楽会でステージに上がる“公営団地のラッパー”は印象的だ。

「本当にみんな個性的で勢いがあるので書かずにいられないんですよ。自分では群像劇を書いているつもりはなくて、あくまでも息子から聞いた話や自分が見たことを書いているだけ。

 あの“公営団地のラッパー”の子が自分の生活を詩にしたオリジナルのラップを歌ったとき、泣きそうでしたよ。なんていいもの見たんだろうって……。彼を見た先生たちがうれしそうに拍手しているときの顔を見て、私、また泣きそうになって(笑)

 本の中ではラップのところで終わっていますが、本当はあの後、音楽部の子たちみんなで、ザ・ポーグスの『フェアリーテール・オブ・ニューヨーク』を歌ったんです。教員も親もみんな立ち上がって一緒に大声で。

 あの歌って柄悪いじゃないですか。夫婦ゲンカの歌で卑語も出てくるし。それまでうちの息子はカトリックの学校に通っていたから、クリスマスといえば、子どもたちが聖歌を歌い、お母さんたちは静かに拍手する。全く違うじゃないですか(笑)

 でも、生徒も先生も親も一体で音楽会を楽しんでいる! いい学校に子ども入れたなあって。もう書かずにはいられないんですよ。

 こんなふうな子どもたちがいて、こんなふうに生きてて、こんなにカッコよくて……本当に。みんなすごいなと

 格差とかレイシズム(人種差別)とかめちゃくちゃいろいろあって、子どもたちがそれをいなしながら生きていく