失踪直前に会っていた男性の存在

 辻出夫妻による独自の捜索作業に並行し、紀子さんの失踪をめぐってはこれまで、3つの謎が浮かび上がった。

 1つ目は、志摩市的矢湾に浮かぶ渡鹿野島の実態について、紀子さんが取材で暴こうとしたため、何らかに巻き込まれて失踪したという説だ。この島は別名「売春島」と呼ばれ、タイ人や日本人の売春婦がいたことで知られる。この説については、美千代さんもネットで把握していた。

「でも面白おかしく騒ぎ立てられているだけだと思っています。男の人が遊びに行く島というのは知っていますが、紀子からその話を聞いたことはありません」

 もし仮に、紀子さんが渡鹿野島に関心を示していたとしても、実の母親には言わないだろう。アジアの難民キャンプ訪問について、心配させまいと伏せていた前例があるからだ。

 そこで、当時、紀子さんと交際していた大手新聞社の記者に尋ねてみると、こう返ってきた。

「ネット上での根拠なきデマです。地域雑誌の記者でしたので、渡鹿野島については観光地としての側面から関心を持っていたのは事実ですが、島の闇を解明しようという気持ちはなかったです」

 2つ目の謎が、2009年9月上旬に産経新聞が報じた「北朝鮮拉致説」だ。拉致問題を調査している日本の大学教員が、韓国で紀子さんを知っていると証言する脱北者に出会ったことで浮上した。この点についても前出の記者が解説した。

「数年後、その大学教員から『人違い』だったとの連絡がありました」

 しかし辻出夫妻が、北朝鮮による拉致の可能性を排除できない「特定失踪者リスト」に紀子さんを登録してしまったため、ネットでもこの説が出回り続けている。

 そして最後の謎が、この事件の真相を握る可能性があるとして、いまだにくすぶり続けている。それは失踪後に解明された、紀子さんの携帯電話の通話記録から判明した。

 先月行われたチラシ配りの際、泰晴さんは報道陣の前で、その謎についてうっかり口を滑らせた。

「20年という長さはですね、人間の身体も蝕まれるし、体調も変わってくる。変わらない紀子は今どこにいるのですか? 骨のかけらも残っていないと思います。うちの紀子に何かした男がいれば、まあ、男という言葉を使ってはあれですけど……」

 通話記録を紐解いていくと、紀子さんは失踪直前、県内在住のある男性A氏に会っていたことがわかった。

 A氏は、紀子さんが取材先で出会った当時30代半ばの自営業者。失踪当日、紀子さんに複数回電話をかけ、車が見つかった駐車場で深夜、会っていたという。

 A氏はその後、東京で知り合った女性を監禁した疑いで三重県警に逮捕され、起訴されたが、津地裁は無罪判決を言い渡した。

 拘留中も含め、泰晴さんはA氏に何度も面会に行っている。

「A氏は自分の彼女とケンカしてイライラしていたので、紀子を口説くために会いに来たそうです。最初は駐車場で会ったと言っていたんです。でもその後、食事に連れて行った帰りに途中で降ろしたと言い始め、話が食い違ってきたんです」

 A氏は、監禁事件で無罪を勝ち取ったらすべてを話すと、弁護士の署名入り書面まで渡してきた。しかし、その約束はいまだに果たされていない。

(取材・文/水谷竹秀)


【PROFILE】
水谷竹秀(みずたに・たけひで) ◎ノンフィクションライター。1975年三重県生まれ。上智大学外国語学部卒業。カメラマンや新聞記者を経てフリーに。2011年『日本を捨てた男たち フィリピンに生きる「困窮邦人」』で第9回開高健ノンフィクション賞受賞。近著に『だから、居場所が欲しかった。 バンコク、コールセンターで働く日本人』(集英社文庫)など。

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