東京・亀戸にある創業215年の和菓子店「船橋屋」。JR東日本のお土産グランプリを受賞するほど人気のくず餅を昔と変わらぬ製法で、自然素材にこだわって作り続けている。そんな地元に密着した老舗が、実は就職希望者が殺到する超人気企業になった。8代目社長の行った自身と組織の意識改革とは?

新卒就職希望者が1万7000人

 暖冬の影響で梅の花がいち早く咲いた2月中旬の東京・亀戸天神。コロナウイルス感染拡大の暗い世相をまるで感じさせない穏やかな空気が流れる中、参拝客数人がすぐ隣にある老舗ののれんをくぐっていく。創業1805年の船橋屋・亀戸天神前本店である。

「いらっしゃいませ」

 定番のくず餅やあんみつなどがズラリと並ぶショーケースの前で丁寧に接客していたのは若い男性。奥の女性スタッフも笑顔で注文を受けている。『三国志』『私本太平記』などで知られる文豪・吉川英治の手による「船橋屋」の大看板が掲げられた喫茶ルームでは、幅広い世代のお客さんがゆったりとした時間を楽しんでいた。

「こんにちは。わざわざ足を運んでいただきまして、ありがとうございます」

 爽やかな笑顔で現れた船橋屋社長の渡辺雅司は、スマートな印象。2月16日に56歳の誕生日を迎えたというが、若々しい風貌からはアラカンの仲間入りとは全く思えない。

「僕は健康オタクでね。1年に2度は伊豆の山の中にある断食道場に行っているんですよ。胃腸と脳をリセットすることで心身ともにスッキリしますし。おかげさまで病気になったことは1度もないです」と気さくに語る様子は、老舗の社長のイメージとはかけ離れていた。

 そこに社員数人が集まってきて、「社長、サプライズバースデーです」といきなりケーキを差し出した。渡辺のそっくりさん人形までのっているケーキを差し出され、「え~、取材中におかしいでしょ、こんなの」と苦笑いしつつも喜びをにじませる。アットホームなムードから会社の風通しのよさがうかがえた。

サプライズに喜び、ろうそくを吹き消す。社員のみんなもいい笑顔でお祝いする

「今でこそ、こんなふうに和気あいあいとした感じですけど、僕が入社してから20年弱は紆余曲折の連続でした。社員との言い合いは数えきれないし、テーブルをひっくり返したこともある。本当にうまくいかないことばかりだった」と渡辺は苦笑する。

 本人の言う「紆余曲折」とは一体、どのようなものだったのか。そして船橋屋はいかにして新卒就職希望者が1万7000人も押し寄せる人気企業になったのか。ひとりの経営者と老舗くず餅店の物語が今、幕を開ける。

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 渡辺が生まれたのは1964年。前回の東京五輪開幕を8か月後に控え、日本中が熱気に包まれていたころだった。2年後に妹も生まれ、4人家族が暮らしたのは千葉県船橋市の中山競馬場の近く。田園風景の広がる一帯で、雅司少年は外を駆け回る幼少期を過ごした。

「夏はセミの大合唱が聞こえる環境で、カエルやヘビ、ザリガニを捕まえるような好奇心旺盛な少年でしたね。泥だらけになるまで毎日遊んでました」

 そんな息子を7代目当主で現会長の父・渡辺孝至さんは温かい目で見守っていた。

「小学校のころはケンカをすることもしばしば。ヤンチャな一面は確かにありましたが、泣いている同級生を保健室に運んで励ますような正義感も垣間見えましたね。私自身も、『人様に迷惑をかけない程度のいたずらなら、目をつぶろう』という考えだったので、本人も、のびのびできたのではないかと思います」