紀子さんの手がかりを少しでもつかもうとさまざまな取材に答えてきたという父・泰晴さんと母・美千代さん
紀子さんの手がかりを少しでもつかもうとさまざまな取材に答えてきたという父・泰晴さんと母・美千代さん
【貴重写真】若き日の辻出紀子さん、旅先で撮影した写真や実際に使用していた取材ノートなど

矛盾した供述

 捜査の過程で、辻出さんと関わりがある人物の1人として、A氏の存在が浮上した。

 捜査員が電話をかけたところ、A氏は事件発生7か月前に取材で辻出さんと知り合ったと打ち明けた。

「(辻出さんのことは)よく知っているが、最近は電話もしていないし会ってもいない

 しかし、県警が、A氏や辻出さんの携帯電話の発信記録を調べたところ、辻出さんが不明になる前の11月24日午後、A氏と辻出さんは数回、電話でやりとりをしていた。不明になる直前まで連絡をとり合っていたのだ

 三重県警は、A氏を任意同行して取り調べを行った。するとA氏は、辻出さんを電話で呼び出し、駐車場で会ったことを認めた。

「辻出さんが僕の車に乗り込んで話をしたところ、ムードが盛り上がったので車内でセックスをした。その後、少し話をして駐車場で別れた。以降は知らない」

 ところが後日、

「駐車場から車を20〜30メートル走らせ、そこで辻出さんを降ろした」

 と供述しており、どういうわけか話が変わっていた。

 この供述について、当時、捜査を担当していた元刑事は、「車内での出来事が本当なら、辻出さんの身には何も起きなかったはずだ」と述べ、信ぴょう性は低いとみている。

 さらに、県警がA氏の交友関係を洗い出していくと、事件から1年ほど前、東京都に住む風俗業の女性を監禁した疑いが発覚した。これに基づき、辻出さん不明事件から2か月半後、監禁容疑でA氏を逮捕した。

 A氏の逮捕に至るまでに、実は紆余曲折(うよきょくせつ)があった。前述の元刑事が、私の取材にこう明かす。

「初動捜査が出遅れてしまったんです」

 辻出さんの行方不明がわかった日、母、美千代さんは伊勢警察署に家出人捜索願を届け出た。しかし、警察はすぐに動き出さなかったという。

「失踪しても数日後に帰って来る可能性が高いので、事件として即座に捜査するのが難しかった。当時は今のようにDVやストーカーを担当する係がなかった。それでのんびりした対応になり、3週間も放りっぱなしやったんです

 結局、辻出さんの携帯電話の通話履歴を差し押さえたのは、行方不明から1か月後のクリスマスイブ。A氏の通話履歴に至っては、年が明けた後の差し押さえだった。その時点でようやく、2人が連絡をとり合っていた事実が判明したのだ。A氏が「辻出さんとセックスをした」という車の捜索はさらにその後のことで、発生からすでに2か月がたっていた。元刑事が語る。

「車はすでに隅々まで掃除されていて、鑑識の可能な限りで調べましたが、髪の毛は1本も落ちていませんでした」

 辻出さんの捜索も難航した。埋められた可能性を踏まえて林道工事の現場を掘り起こしたが、予算の問題から、対象となる複数か所すべてはできなかった。もうひとつの可能性として浮上した海中の捜索も、遂行されなかった。

「海中の横穴を捜索するという話があったんです。でも1000か所以上ある。ダイバーを大勢投入しても100日はかかる。いま思えば無理してでも調べておけばよかったなと。それだけが心残りです」

 つまり、事件性を裏づける物証は何も出てこなかったのだ。そこで苦肉の策として、風俗業の女性監禁事件を突破口に捜査を展開しようとした。

 しかしそれは、捜査が後手に回ったことによる、事実上の「別件逮捕」だった

写真を撮影することも好きだった紀子さん。アジア各地を訪れて難民キャンプを訪問し、そこで出会った子どもたちを被写体にシャッターを切り続けていた
写真を撮影することも好きだった紀子さん。アジア各地を訪れて難民キャンプを訪問し、そこで出会った子どもたちを被写体にシャッターを切り続けていた