クレイジーな人(天才)たちが、ものごとを変え、人類全体を前に推し進めるのだと高らかに宣言したのだった。以後、ジョブズ率いるアップルが快進撃をつづけたのは周知の事実だ。

 キーワードは、Think different.(発想を変えるんだ)である。本来ならば、“Think differently.”とすべきところを、発想を変えて“Think different.”としたのが功を奏した。固定観念にとらわれず、見方を変えてものごとを見つめようというわけだ。

 ジョブズは、とりわけジョン・レノンが好きで(「ヒーロー」とまで崇めている)、ジョンが熱心だったプライマル療法(幼児体験に直面させ、自己鍛練によって殻を打ち破るという精神療法)にも通っている。ジョブズが禅や精神療法に心の平安を求めたのは、彼が養子で、本当の親を知らないという事情があったようだが、親と一緒に暮らせなかったジョンと自分自身を重ねていたのに違いなかろう。

ビル・ゲイツも大のビートルズ・ファンだった

 マイクロソフトのビル・ゲイツも大のビートルズ・ファンだ。ゲイツはスティーヴ・ジョブズとの関係を〔トゥ・オヴ・アス〕(アルバム『レット・イット・ビー』収録)の歌詞にたとえて、ビートルズが「常識」であり「教養」であることを示したのだった。

 わたしたち2人(トゥ・オヴ・アス)は、いいときもあったし、よくないときもあったといいたかったのであろう。実際ジョブズはビル・ゲイツを高く評価していたが、「ちょっと視野が狭いと思う」と批判するなど、気に障ることが双方にあったのである。

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 ビル・ゲイツのビートルズへの“入れ込みよう”もかなりのものである。2019年、Netflixは『天才の頭の中:ビル・ゲイツを解読する』を全世界に向けて配信したが、その音楽を担当したのは、ジョージ・ハリスンと妻オリヴィアの息子、ダーニ・ハリスンだった。これもビートルズへのオマージュであったに違いない。

 アナログ時代のビートルズが、IT社会を創りだした天才たちのインスピレーションに関わっていたとは、なんとも不思議に思われるかもしれないが、これもまたビートルズ・マジックなのである。

 ビートルズが自分の人生の中でどのような意味を持ったのか、語っている人は枚挙にいとまがなく、ビートルズは人生の指針であり、インスピレーションの源泉である。数多くの人たちがビートルズを契機、あるいは根拠地として、人生でやるべきこと、やってはいけないことを決めたのである。こうしたビートルズの存在を、偉大といわずになんと呼ぼう。


里中 哲彦(さとなか てつひこ)河合文化教育研究所研究員
早稲田大学エクステンションセンター講師。早稲田大学政治経済学部中退。評論活動は、ポピュラー音楽史、時代小説、ミステリー小説、英語学など多岐にわたる。著書に『ビートルズが伝えたかったこと』(秀和システム)、『ビートルズを聴こう 公式録音全213曲完全ガイド』(中公文庫 )、『ビートルズの真実』(中公文庫)、『はじめてのアメリカ音楽史』(ちくま新書)ほか多数。