無関心な中学生を変えた映像

 大阪市西成区のシャッター街。寒い冬の夜、連れだって歩く子どもたちが、目の前に並ぶ段ボールハウスに向かって声をかける。その手にはおにぎりとポット、そして薬箱。

「こんばんは! 子ども夜回りです」

 段ボールからむくむくと起き上がるホームレスたちとの会話が始まる。

「なんでここに来たの?」

「何年ここにいるのですか?」

 単刀直入な質問にも、相手は子どもだからと、男性たちも無下にできない。なかには苦笑いを浮かべ、「土木関係してたけど、いろいろあって何年か前からホームレスで」と人生を振り返る者もいた。

 これは北村さんたちが教材で使うDVDの一場面だ。この映像が、ある若者の人生を変えた。

ホームレスの方に子どもたちが笑顔でおにぎりを配る姿が衝撃的だったんです」

 そう語るのは、神奈川県小田原市に住む堀嵩さん(24)。中学1年生のとき、北村さんの授業でDVDを見たという。

ホームレスの存在は知っていましたが、特に興味もなかったし、なんとなく関わらないようにしてきました。それだけに積極的に話しかける子どもたちの映像を見て、これまでホームレスを避けてきた自分に気づき、申し訳ない気持ちになりました」

北村さんの授業が人生を変えたと語る堀さん。炊き出しや夜回りに積極的に参加するように 撮影/近藤陽介
北村さんの授業が人生を変えたと語る堀さん。炊き出しや夜回りに積極的に参加するように 撮影/近藤陽介
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 堀さんはこのときに受けた衝撃から、市内の公園で行われている炊き出し、そしてホームレスの人々におにぎりを配る夜回りに参加。それを高校3年生まで5年間続けた。

「人と関わるきっかけを学びました。夜回りを始める前は正直、偏見はあったと思います。でも、それは関わろうとしなかったから。自然と抵抗は薄れていきました」

 夜回りをする中で夏には襲撃事件も起きた。エアガンで撃たれたり、テントを粉々に破壊された現場にも遭遇した。

「加害者は私と同じ若者。その行動は、かつて偏見を持っていた自分に照らし合わせると、理解できなくはありませんが、共感はできません」

 高校を卒業した堀さんは、福祉の専門学校へ入学し、現在は障害者支援施設で働く。

「人を手助けするのは楽しいです。相手の笑顔が自分の糧になるんです」

 感受性豊かな子どもは物事の影響を受けやすいが、これが大学生になると、同じホームレス問題を題材にしても視点やとらえ方がまた変わる。

 専修大学ジャーナリズム学科で7月1日に行われたオンライン授業(担当教授・澤康臣)では、北村さんが講師として教鞭を執った。聴講したのは3年、4年生を合わせて17人。北村さんは、今回の岐阜襲撃事件を引き合いに出し、実行犯3人以外の2人、つまり現場まで一緒についていっただけの立場だったら、どのような行動をとるかを学生に尋ねた。

 回答はいずれも「その場で何かする」「後で何かする」に分かれたが、行動をとる理由として、「その場で止めたほうが仲間の救いになる」、「被害者の気持ちを考えればその場で何かするほうが後々助かる」という意見が上がったが、中にはこんな素直な声も聞かれた。

「自分の罪悪感を少しでも減らしたいので、被害者のことを考えて通報するというよりは、自分のことを優先する」

「社会的に悪い立場に置かれるのは嫌なので、責任から逃れるために警察に通報する」

 これに対し授業終了後、北村さんはこう感想を寄せた。

「小学生だと素直な善意や正義感がもっと出るのですが、年齢が上がるにつれ、空気を読んだり忖度したりする傾向が強くなります。相手のためというよりは、自分の身を守るためにどう行動すべきかという考えになるのかもしれません。でもそれを否定するのではなく、なぜそう考えるようになったかを理解し、その選択が本当に自分を幸せにするかを問いたいと思います」