「ホーム」のある社会を目指して

 ホームレス襲撃問題に取り組んで25年。また起きてしまった現実に対して「砂漠に水をまくような活動だった」と感じる一方、北村さんの中で明確になったことがある。傍観者による無関心の暴力が襲撃の要因になってはいるが、やはり、大切なのは、あるがままの自分を受け入れ、認め合える人間関係を築ける「ホーム」の存在、つまり自尊感情を育める居場所のことだ。

「学校は本当にホームになっていますか? 家庭は本当に安心できるマイホームですか? 地域は本当にホームタウンになっていますか? 子どもたちの成績が悪くても、たとえいじめられっ子でも、病弱だったとしても、“あなたが生きてくれるだけでありがとう”と言ってくれる人がこの3つのホームのどこかにいないと、子どもは生きていけないんです」

ホームレス問題から子育て支援まで、活動は自己尊重の重要性へ至る道筋で「全部つながっている」という 撮影/近藤陽介
ホームレス問題から子育て支援まで、活動は自己尊重の重要性へ至る道筋で「全部つながっている」という 撮影/近藤陽介
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 ホームレスの人権を考えるだけの教育では、襲撃は止まらない。人間の居場所や価値とは何か、生きる意味とは、幸福とは何か、という根本的な問いに立ち返らなければと、北村さんは主張する。

「経済優先主義によって、金を稼げる人間にこそ価値があるという考え方が広がっています。でもその価値観では、自尊感情は育ちません。空気を読み、常に優劣を比較する、そんな環境は人間関係をますます不自由にさせる。それが今の子どもの自殺率にも反映しているのではないでしょうか」

 厚生労働省発表の2019年の自殺者数によると、特に10代の自殺率が高く、先進国の中ではトップ。原因で最も多かったのは「学校問題」次いで「家庭問題」だった。

「岐阜の襲撃事件の加害者も自分の価値が認められないとか、自己否定感、劣等感があったのかもしれない。それを吐き出す居場所がなく、襲撃という形でホームレスの人に向かった可能性があります」

 成績優秀者を褒めることは優越感で一時の自尊感情を高めているだけだ。ところがいったん成績不振に陥れば、その感情は一気に失われる。

「本当の自尊感情っていうのは、人と比べて自分を誇る強さではありません。むしろ、負けてもどん底でも、どんな状態でも、自分は生きる価値ある存在だと自分を受容できる力です。泣いてもいい、弱くてもいい、大丈夫でない自分で大丈夫だってことです」

 北村さんの人生を変えた父親の自死から46年。その間、少女たちの悩みを聞き、襲撃問題の少年たちと向き合い、そして子育てに悩む母親たちの相談に乗り、たどり着いた答えがある。

 誰もが、あるがままの存在を尊重され、違いを認めあいながら生きていける社会の実現─。

 北村さんの啓発活動はこれからも続く。


取材・文/水谷竹秀(みずたに・たけひで) 日本とアジアを拠点に活動するノンフィクションライター。三重県生まれ。カメラマン、新聞記者を経てフリー。開高健ノンフィクション賞を受賞した『日本を捨てた男たち』(集英社)ほか、著書多数