再び全国紙の社会部記者が語る。

「Aは参考人ではありますが、メディアが前のめりに騒いだだけの印象を受けます。Aと小林さん一家のつながりがまったくないんです」

 辺り一面は暗闇に包まれていた。

 犯行時間と同じ午前0時38分の現場周辺は、街灯がほとんどなく、遠くから雑木林を眺めると、真っ黒い煙が渦巻いているように見えた。初めてここを訪れた人なら、昼間以上に、その中に一軒家があるなんて想定できない。規制線が張られた入り口から中をのぞいてみても、視線の先は真っ暗で、決して足を踏み入れようとは思わない。

 つまり犯人は、雑木林の中に家があることを事前に把握していた可能性が高く、行きずりの犯行ではないだろう。

 もうひとつ気がかりなのは、深夜の時間帯に現場まで足を運ぶ交通手段だ。前述のとおり、現場は畑に囲まれた田舎町で、近くに電車も通っていない。

 もし犯人が県外の人間だとしたら、自分で車かバイクを用意しなければならない。現場は最寄り駅から約12キロ離れ、そこからタクシーを使って犯行に及ぶのは考えにくい。そもそも、そんな時間帯にタクシーが待機しているのだろうか。

 10代から20代にかけて長らく塀の中で暮らしていたAが出所したのは数年前。硫黄所持で逮捕されたときには無職だったから、車の免許を持っていないかもしれない。

元少年Aの家を尋ねると

 三郷市にあるAの家のインターフォンを鳴らすと、母親とみられる中年女性の声がした。メディアの人間だと名乗った瞬間に声色が変わり、「帰ってください」と追い払われた。置き手紙を残して後日、訪問すると口数が少ないながらも、インターフォン越しに重い口を開いた。

 母親は、茨城の事件については知っていたが、息子の関与をほのめかす報道については把握しておらず、「びっくりしている」と語った。

 Aの免許の有無に関しては、こうきっぱり言った。

「持っていません。息子は車を運転できないです」

 もちろん、無免許で知人の車を運転した可能性もあるだろう。知人に現場まで車で連れて行ってもらった可能性も否定できない。とはいえ現場の取材から、Aと小林一家をつなぐ接点が見つからない限り、事件との関連性はやはり憶測の域を出ないのではないだろうか。

 昨年11月に逮捕されたAはその翌月、消防法違反罪で起訴された。初公判は今月半ば、さいたま地裁で開かれる予定だったが、直前になって茨城県警に逮捕されたため、取り消された。容疑は警察手帳を偽造販売した疑い。小林さん一家4人殺傷事件との関連性は依然としてわかっていない。

 母親が静かに語った。

「(息子のことで)家から出たくないんです。周りの目にさらされ、まだ生きていたのかって顔をされるから。(通り魔事件から)もう9年間、ほとんど外出していませんので、変わり者と思われています」

 その弱々しい声は、「犯罪者の親」という呪縛から逃れられず、ただ生きているだけの日々に疲れ切っているように聞こえた。


取材・文/水谷竹秀
ノンフィクションライター。1975年三重県生まれ。上智大学外国語学部卒業。カメラマンや新聞記者を経てフリーに。2011年『日本を捨てた男たち フィリピンに生きる「困窮邦人」』で第9回開高健ノンフィクション賞受賞。近著に『だから、居場所が欲しかった。バンコク、コールセンターで働く日本人』(集英社文庫)など。