芸術家肌の佳代さんは、“不思議な話”にも関心が強い方でした。あるときには“夫の霊が目の前に現れて、ハグしてくれたのよ”と。

 世間では、旦那さんに冷たいイメージもあるようですが、旦那さんのことを愛していたのは間違いありません。

'01年初夏、軽井沢で撮影された小室さんと父・敏勝さんの1枚。翌年3月に敏勝さんは亡くなった
【写真】“芸術家肌”は母親譲り? 成人式の記念写真を帝国ホテルで撮影する小室圭さん

 気丈に振る舞い言葉遣いも上品ですが、手相に強い興味を持つなど、ご自身の運命に苦悩され、不安定さを抱えている一面もありました。 

 ですので、今回の記事にある“いつ死んでもいいと思った”のは本音だと思います

眞子さまに憧れ「大尊敬」

『文春WOMAN』の記者が眞子さまについて言及すると、

《お相手の方はとても立派な方で。曲がったことや嘘はお嫌いで真実のみを信じて、ご自身の意見もしっかり持っていらっしゃる。僭越ながら同じ女性として尊敬……大尊敬しています》

 と、熱弁を振るっていた。

「眞子さまのことを“同じ女性として大尊敬しています”という発言は、佳代さんが自立した女性に憧れているからだと思いました。

 というのも、ご自身で“私はアダルトチルドレンだから”とお話ししていたことがあったからです。意見を周囲にしっかり伝えることのできる、自分にないものを持っている方に尊敬の念を抱いているのだと思います」(佳代さんの知人・Cさん)

『相模女子大学短期大学部』を卒業後、間もなくして敏勝さんと結婚した佳代さんは異性との付き合いや社会人としての経験が乏しく、劣等感のようなものを抱えているのかもしれない。

'90年ごろの佳代さんと敏勝さん(右端)の結婚式での写真。左のふたりは佳代さんのご両親で、父の国光さんはご存命

 眞子さまのように公務を堂々とこなされ、男性と対等にしっかりと自分の意見を持っている“芯のある女性”に、佳代さんは憧れの眼差しを向けているのだろう。

「短大を卒業後、就職せずに専業主婦になった彼女は“女子校育ちだから男性のことは違う生き物みたいでよくわからない”と話していました。

 旦那さんが亡くなった後、お疲れだったのか、立ち寄ったホテルのロビーでうとうと眠ってしまい、従業員から“ここで寝ないでください”と注意されたことがあったそう。

 そのことに対して“おじさんは注意されないのに、女性差別よね”と話していた佳代さんが印象に残っています。

 過剰反応だと思いましたが、彼女としては自立して道を切り開ける男性と対等な女性になりたいという気持ちがあったのではないかと思います」(同・Cさん)

 佳代さんの初告白は、混迷を極める愛息の結婚問題にどんな影響を与えるのか─。