KinKi Kidsは「生々しさNG」?

 さらに、売野は'90年代にデビューしたKinKi Kidsについても2曲手がけていて、特にそのうちの1曲であるアルバム曲『イノセント・ウォーズ』(作曲:坂本龍一)は当時、シングル発売が予定されていたことが、これまでいくつかのメディアでも報じられてきた。

「ああ、『イノセント ウォーズ』は、シングル候補だったんだよ。というか、ほぼセカンド・シングルになるはずだった。彼らが主演するドラマ『ぼくらの勇気 未満都市』(読み:みまんしてぃ/日本テレビ系)の主題歌用にと依頼されて書いたんだ」

 確かに、デビュー・シングル『硝子の少年』が松本隆×山下達郎という、歌謡界の大御所と一流アーティストのコラボだったので、その第2弾として、売野雅勇×坂本龍一に依頼があっても不思議ではない。坂本龍一は、’97年初めの日本テレビ系ドラマ『ストーカー 逃げきれぬ愛』の音楽を担当し、英語詞の主題歌『The Other Side of Love』も70万枚を超える大ヒットを記録。その日本語詞カバーとなった中谷美紀の『砂の果実』も、売野雅勇が作詞し30万枚近いヒットとなっていることから、これは自然な流れにも思える。

ドラマの内容や、彼らの年齢も考えて《20歳を過ぎた大人は信じないさ》って歌詞にしたんだけど、坂本さんも気に入っていた。最初は、坂本龍一らしいメロディアスなイントロだったんだけど、シングルになるんだからと言われて、ダッダッダ~って派手な(ディープ・パープル『Smoke on the Water』風の)イントロに変えたんだ。急きょ、予定が変更となったのは、内部的な事情なのか、誰かの好みだったのかはわからないけれど……。確かに、最終的に決まった『愛されるより 愛したい』のほうが、大衆的でわかりやすいかもね。でも、普通だな。坂本さんのあんなカッコいい曲をシングルにしないなんて……って、今でもため息をつくことがあるよ。1年に1回くらいだけど(笑)」

 そして、売野はその約20年後にも、KinKi Kidsに『哀愁のブエノスアイレス』('18年1月発売、シングル『Topaz Love』のカップリング)を書いている。

この曲は、ディレクターから突然、依頼の連絡があって驚いたね。林(哲司)さんから素晴らしいメロディが送られてきて作詞したんだけれど、書き直した記憶があるな。おそらく、KinKiには“生々しくならないように”という一貫したマナーがあって、例えば、最初に書いていた《2人で暮らした部屋》といったリアルな情景に対して最初はNGが出た。そういう箇所がほかにも3か所くらいあって、スマートな内容に書き直したんだよね。

 俺はこの“ブエノスアイレス”という言葉の響きが好きだし、なぜか前から行ってみたくて。だから、自分がプロデュースしているMax Luxにも、中西圭三君にバラードの曲をつけてもらって、別の『ブエノスアイレス』という詞を書いたほど。KinKiの2人は、まさに哀愁と表現力があるよね

 ちなみに、売野の歌詞には、“車”ではなく“クーペ”がよく登場するのだが、地名では“六本木”がとても多い。タイトルだけでも『六本木純情派』荻野目洋子)、『六本木レイン』(研ナオコ)、『六本木ショット』矢沢永吉)、『六本木慕情』(鈴木雅之)、『六本木界隈・夢花火』(山内惠介)など10作ほどあり、もちろん作詞家別でもダントツの多さだ。

「六本木というワードは、促音が入っていて、言葉にリズムがあってハマりやすいんだよね。街にもドラマがあるしね。当時、よく通った井上大輔先生のご自宅があったり、筒美京平先生がしゃれた隠れ家のようなお店に連れて行ってくれたりしたことも、六本木が多い理由かな。

 京平先生とは仲がよかったよ。親友みたいにね。2人きりでアフリカ旅行に出かけたこともある。ルイ・ヴィトンのいちばん大きなスーツケースを2つ持ってきて、中は全部、服だよ。朝昼夜と1日に3回も着替えるんだ。知り合いの中でいちばんオシャレで、エレガントな方だったね。

 京平先生からは、“詞の勉強よりも、映画を観たり、旅行に行ったり、本を読んだりするほうがいいよ”って最初の食事会で言われたね。それが血となり肉となるからねと。その教えは忠実に守ってきたよ。“作家というのは、作品に品性とか中身がすべて出ちゃうから”って。あのころの10歳違いは、ずいぶんと大人だからね。先輩にも恵まれたよね。いまでも感謝しているし、尊敬している​

(取材・文/人と音楽をつなげたい音楽マーケッター・臼井孝)


【PROFILE】
うりの・まさお ◎上智大学文学部英文科卒業。 コピーライター、ファッション誌編集長を経て、1981年、ラッツ&スター『星屑のダンスホール』などを書き作詞家として活動を始める。 1982年、中森明菜『少女A』のヒットにより作詞活動に専念。以降はチェッカーズや河合奈保子、近藤真彦、シブがき隊荻野目洋子、菊池桃子に数多くの作品を提供し、80年代アイドルブームの一翼を担う。'90年代は中西圭三、矢沢永吉、坂本龍一、中谷美紀らともヒット曲を輩出。近年は、さかいゆう、山内惠介、藤あや子など幅広い歌手の作詞も手がけている。