夫のDVに「殺される!」妻は離婚を決意したが

 次に2人目は夫からのDVで人生を狂わされた美冬さん(仮名・39歳)。

「1か月間、何をしていても涙が止まらなかったんです。変だなと思い、地元のメンタルクリニックで診てもらったんです。強いストレスによる自己防衛でしょうと。PTSDの反応で起こる症状だと言われました。『恐怖』を忘れるために今でも出された薬を飲み続けています」

 美冬さんは3年前の悪夢を回顧してくれました。母親に付き添われ、実家近くの診療内科を受診したのですが、彼女の身に何があったのでしょうか? 彼女は当時、夫、そして12歳の息子さんと一緒に暮らしていました。

 美冬さんいわく、事件のあった日、泥酔した夫が帰宅したのは家族が夕食を済ませたころ。酒の勢いで「全部、お前らのせいだ! わかってるんだろうな!!」と怒鳴りつけてきたのです。美冬さんは帰宅に合わせ、夫の分の食事をテーブルに並べていたのですが、夫はその料理を皿ごと投げ捨て、美冬さんに向かってグラスを投げつけ、さらにキッチンカウンターに置かれた台所用品をはたき落としたそう。

 息子さんが美冬さんの悲鳴を聞いたのは自分の部屋。急いで部屋を出て、リビングに向かうと夫に向かって「絶対に許さないからな!」と言い放ったのです。しかし、夫は実の息子に対しても一切容赦せず、「てめー! 何様のつもりだ!!」「くそ野郎が生んだ子供はくそ野郎だ」「(学費を)自分で払って自分で行きゃいいじゃないか! ええ!!」と吐き捨てたそうです。

 美冬さんは夫の怒りが鎮まるまで息子さんの部屋で待機したのですが、震える手でスマートフォンを操作し、夫の罵声をボイスメモで録音しておいたそう。そして夫が寝静まると、破壊された家財や家電、家具などを写真に撮るなど、「何かのとき」のために手を打っておいたのです。

《このままじゃ殺される! と思って家を出てきました!! 主人はお酒を飲むと暴力を振るうので、今回ばかりは警察に相談したんです。そして刑事さんの勧めもあって実家に戻ってきました。このまま離婚したいんですが、どうしたらいいでしょうか?》

 筆者は相談窓口としてLINEのIDを公開しているのですが、これは3年前に美冬さんが筆者へ送ってきたLINEの内容です。夫の暴力に耐えかね、息子さんを連れ、親元に戻ったのですが、別居から3か月後、実家からLINEで助けを求めたのです。

 しかし、夫が家族に手を上げて怪我をさせたのは今回が初めてではなく、すでに4回目。そして過去2回は病院へ行き、診察を受け、そして診断書を発行してもらったそうです。第三者である医師が記入した診断書が美冬さんの手元にあります。なぜ1、2回目のDV離婚を決断せず、4回も我慢を続けたのでしょうか?

 実は息子さんがちょうど中学受験に臨むタイミングで、8年間、住み慣れた家、使い慣れた部屋、そして住み慣れた地域で受験勉強に集中させたかったからです。しかし、夫のせいでこの有様。過去3回の標的は美冬さんだけでしたが、今回は息子さんにも被害が及んだのです。お世辞にも勉強に適した環境ではありません。ここに至っては自宅に残るほうが受験に悪影響でしょう。

 美冬さんがマイホームを捨てる決断をしたのは息子さんを守るためです。筆者へLINEを送ってきたのは薬が合い、調子が戻り、元気が出てきたときでした。筆者は「これだけ証拠があるのなら」と背中を押したのですが、これは早とちりでした。美冬さんは夫に対してこうLINEを送ったのです。《あなたのことは見限りました。もう戻るつもりはありません。別れてください》と。まさか1通のLINEが裏目に出るとは……。

 美冬さんの懇願に対して夫が「はい、そうですか」と応じるはずがありません。夫は離婚の可否について答えることなく、「お前は母親失格だ!」と責め立てたのです。事件の当日、夫が息子さんに対して暴言を吐き、暴力を振るっている間、美冬さんは息子さんの部屋に逃げ込みました。夫は「母親なら身をていして守るだろ! “殴るなら私を殴りなさいよ”くらい言えねぇのか!」と言うのです。責任を転嫁すべく「母親なのに子どもをかばおうとしなかったほうが悪い」と論点を替えてきたそう。

 しかし、美冬さんが被害に遭ったのはこれで4回目。過去の暴力を思い出し、思わず逃避行動に走り、そして身動きがとれなくなっても無理はありませんし、加害者である夫が言うべき言葉ではありません。しかし残念ながら、美冬さんには「どの口で言うのか」と反論する余裕はありませんでした。夫からLINEが届くたびに拒絶反応──胸が痛み、息が苦しく、目が回りそうになり、寝込んでしまうように。

 美冬さんは十分な証拠を揃えていながら、離婚の話を中止せざるをえませんでした。結局、息子さんは受験を断念し、実家の学区の公立中学へ入学。今だに離婚は成立しておらず、美冬さんが働くこともままならず、夫からの仕送りもないため、両親におんぶにだっこの状態が続いているようです。美冬さんが離婚交渉に耐え得るほど心身ともに回復するには、なおも時間がかかりそうです。