高倉健、長嶋茂雄との交流

 取材中、吉野さんが「『週刊女性』に高倉健さんと付き合ってるんですか?って取材されたことがあるのよ!」とちゃめっ気たっぷりに話した。

「口には出さないけど、東映なんかではみんなそう思ってたみたい。真相?それはね、何もなかったのよ。でもね、いい思い出があるわ」

若かりしころの高倉健と長嶋茂雄と。10年間、ともに除夜の鐘を聞きにいった
【写真】パーティーでドレスアップした、20代のときの吉野さん

 吉野さんは高倉の出世作、映画『網走番外地』シリーズに出演している。高倉とともに来店した監督・石井輝男からオファーを受けたのだ。

「ひとつの檻の中の物語で、田中邦衛さんや由利徹さんもみんな囚人役だった。私は新入りのオネエの囚人で、最初みんなに驚かれるの。健さんに“あら、あんたいい男ね、ダーリン”って襲いかかって怖がられるシーンがあるんだけど、オファーがあってすぐのぶっつけ本番だったのよ」

 高倉は北海道ロケのとき、雪で滑らないようにと靴を買ったり、旅行鞄をそろえてくれた。現場では無口だったが、吉野さんと2人きりになると、よくしゃべったという。

「健さん、昔はお酒を飲んだんですって。酒乱だったから自分でやめたと言ってたわ。水前寺清子が好きで、『いっぽんどっこの唄』なんて聴くと泣くのよ。外見は男っぽいけど、中身は華奢な人で、人一倍気遣いする人だったわ」

 高倉は最初、店を贔屓(ひいき)にしていた東映のスター俳優、中村(萬屋)錦之助が連れてきたのだが、そのときは車から降りもしなかったという。

「“きんにいが呼んでるから来ません?”って声をかけたんだけど、“いや、俺はいいです”ってそのまま帰っちゃって。その後、当時新婚だった江利チエミちゃんや清川虹子さんと連れだって来てくれて、それから1人で来てくれるようになったの」

 美川が当時の様子を話す。

「健さんとは時間があれば毎日のように会っていましたからね。喫茶店で待ち合わせて、六本木のキャンティで食事をしたりして。健さんがいろんな話を聞きたがるんですって、吉野は面白いからね。でも吉野は自分から友達をつくるタイプじゃないのよ。黙ってると黙ってるし、しゃしゃり出てくるタイプでもない。だから私も吉野といると、鬱陶しくないの。あうんの呼吸で」

 ところがあるときを境に高倉とは疎遠になっていく。

「突然、プツッと縁が切れちゃった。向こうから音沙汰なくて、こっちからも連絡しなかった」

 吉野さんは高倉の没後、高倉がテレビを見ては「およしに会いたいな」と懐かしがっていたと、養女の小田貴月さんの著書で知る。

「病気だと聞いていたから、本当はお見舞いに行きたかったんだけど、個人的には知らされてなかったし、迷惑になると思って遠慮して行けなかったの。でも1回ぐらいお見舞いに行けばよかったって、それは今でも悔やんでるわ」

親友の美川憲一との掛け合いは漫才のよう。出会いを遡れば、約70年となる

 美川は2人の交流が途絶えたのは、自分のせいではないかと考えている。

「私がブレイクしてバラエティー番組に出るようになったとき、吉野を誘って、一緒にテレビに出るようになったら、健さんからお声がかからなくなっちゃったのよ。健さんとしては吉野がやすらぎの人だったのに、マスコミに出るようになって目立っちゃったからね。

 疎遠になったのは、芸能界に引っ張り出しちゃった私のせいなんです。健さんは吉野のよさをわかっていらしたから、およしに会いたいなーと思っていたんでしょうね。でもいったん距離を置いちゃうと、なかなかね……」

 美川が吉野さんに「いちばん思い出に残っていることは何か」と尋ねたとき、高倉健と長嶋茂雄、知人男性と10年間、大みそかに成田山新勝寺に参拝していたことだと話したという。

「4人で31日の夕方に押上駅から急行電車に乗って行ったらしいの。車を使わずにね。それで除夜の鐘を聞いて、精進料理を食べて帰ってくるんですって。ずっと自分も誘ってもらえたことがすごくうれしかったって言ってました