セイン・カミュ、念願のハリウッドデビュー

 '02年の朝ドラ『さくら』で、当時14歳の長澤まさみと共演したことも。

「僕はヒロインさくらのフィアンセ役でした。最後は僕が裏切られちゃうんだけど、視聴者のおばちゃんには“見てるわよ! なんで、さくらちゃんを追いかけないの!”って怒られて。“あれは架空の世界で”なんて言うと夢を壊しちゃうから“すいません”って謝ったりして(笑)。『西郷どん』で大河ドラマにも出ましたよ。一応、ハリウッドデビューもしましたし、念願はかないました

 CMにも多数出演し、芸能活動は順調に見えた。しかし、'04年に所属事務所と出演料をめぐって対立し、争いが法廷に持ち込まれる。

「'09年に裁判は勝訴して、和解しました。ボクは30年の間には浮き沈みがあった。ブラックなところも見たし、騒動はあったけれど、逆によかったのかもしれない。何もないままだったら、どこかで落ちていたかも」

 マネージャーをしていたことがあるから、裏方の気持ちもわかるのが強みだ。

「失敗というのは“学ぶための1つの大きな教材”だと思うんです。そこから何かを学べる。大事なレッスンだと思いますよ。

 英語だって同じです。完璧な英語を話そうとする日本人もいるけど、いっぱい失敗した人ほど、うまくなっていくんです。大いに失敗しましょう。じゃないと何が正解かわからないから」

 名字でわかるように、セインは小説『異邦人』で知られる作家アルベール・カミュを大叔父に持つ。しかし、中学生になるまで知らなかった。

「中学の授業でカミュが出てきて、先生に“つながりがあるの?”と言われました。それで家に帰って母親に聞いたら“うん、そうだよ”って。“なんで言ってくれなかったの?”って聞いたら“彼は彼、あなたはあなたでしょ。もし言ってたら、あなたは何か変わっていたの?”って逆に聞き返されました。“ああ、そっか”って納得しましたね」

 ニューヨークで生まれ、親の仕事の都合で世界各国を転々としながら育った。

「レバノン、エジプト、ギリシャとか行って、牛の乳搾りをしたり、馬に乗って遊んだり。その後はエジプトに戻って、日本、シンガポール、また日本で横浜のインターナショナルスクールに入りました。ちっちゃいころからいろいろな文化を見てきたのでよかったですよね。差別的なものも見えたし、真逆なところも見てきましたし」

いつもスタジオにいる明石家さんまと会えるのは…

 少年時代を過ごしたのは、神奈川県の湘南地区だった。中居正広の先輩にあたる。

「小学4年生のときに引っ越したのですが、彼は同じ小学校の2つ下の学年だったはず。唯一いばれるのは“僕は中居クンの先輩です”ってこと(笑)」

 ずっと都内で暮らしていたが、3年前に実家のある茅ヶ崎に戻った。19歳と16歳の息子、13歳の娘のお父さんである。

「僕が英語も日本語もしゃべれるから、子どもたちもそうするべきだろうと思っています。できるだけ国際的になってほしい。実験的に長男の育児では英語を中心で話していたら、日本語がおろそかになってしまって。次男のときは“もうちょっと日本語を集中的にやってみよう”としたら、英語が少し苦手に。一時期、上の子が英語で話して、下の子が日本語で答えているみたいなこともありました(笑)」

 家の中が“ファニエスト外語学院状態”に。

 本家の仲間たちとは、今も交流がある。ボビーやエリックとは一緒にYouTubeに出演することも。さんまとは、当時からなかなか会う機会がない。

「年に1度の忘年会くらい。僕はロケで、彼はスタジオにいるのでね。たまに会ったら“セイン元気? 頑張ってるね”って話しかけてくれて。新幹線に乗ったときは2時間しゃべりっぱなし(笑)」

『からくりTV』で得た絆と友情が、今も心の支えになっている。