死ねないのなら、生きる方法を探そう

「私だけ逃げた」という思いを抱えて、山形県で高校生活をスタートしたわかなさん。山形県の生徒や先生にとって、原発事故が他人事であることを突きつける言葉に傷つき、心を閉ざしていく。入学から2か月がたったころには、授業中に自然に涙が出てくることも増えた。3・11から泣いたり怒ったりすることを、まともにしていなかった。

 その後5年間、体調不良が続き、精神状態も悪化した。朝は起きられず、夜は眠れない。気力がなく、その日を生きるだけで精いっぱい。高校2年のころに心療内科に通うようになり、PTSDとパニック障害ではないかと言われた。

「命を守れない社会にしたのは誰なのか」と、わかなさんは高校時代に考え続けていた。家族ともうまくいかず、誰もわかってくれないという思いも募った。その負の感情は、自分に向き、自傷行為がひどくなった。とうとう高2の冬、雪の降る日に、死に場所を探して屋外をさまよった。しかし、死ねなかった。

「私はものすごく死にたいって思っていたけど、ほんとはものすごく生きたいんじゃないかなって、そのとき思ったんです。死ねないのなら、生きる方法を探そうと思った」

原発から出る「核のゴミ」の最終処分問題に揺れる北海道・寿都町。避難してなお、わかなさんは原発との対峙を迫られた
原発から出る「核のゴミ」の最終処分問題に揺れる北海道・寿都町。避難してなお、わかなさんは原発との対峙を迫られた
【写真】がれきがあふれる震災当時のいわき市

 そのころ始めたSNSで、自分の避難の経験や体調について語ると、温かいメッセージが届くようになった。なぜか北海道在住の人が多く、いつしか「北海道なら生きていく場所があるかもしれない」と思うようになった。

 高校3年生になり、少しずつ「生きたい」と思うようになった。わかなさんは本の中で《真っ黒な高校3年間》と表現しているが、「生きる覚悟」を決めるために必要な時間だった、とも書いている。

 そしてわかなさんは6年前から北海道で暮らしている。2018年から原発事故後の経験について講演をするようになった。始めた当初、「子どもがそんなふうに感じていたなんて知らなかった」と支援者からも、避難していた大人からも言われ、ショックを受けた。「私が話すことの必要性はある」と思うものの、「当時を思い出すのはしんどいと思うことが増えた」とわかなさんは言う。

 だからこそ、本に書き切って少し楽になった。すべてを語れなくても、「この本を読んでください」と言える。

「伝えることはやめないと思うけれど、この子(本)に頼りながら、この子と一緒に歩んでいきたい」

 そう話し、笑顔で本を抱きしめる、わかなさんの思いが詰まっている。

福島原発から出る汚染水の放射性濃度を下げた処理水の海洋放出にも反対の声があがる。事故収束は見通せない
福島原発から出る汚染水の放射性濃度を下げた処理水の海洋放出にも反対の声があがる。事故収束は見通せない

 原発事故から11年の間に、国は避難区域を縮小し、「復興」と銘打った五輪も強行。避難住宅を打ち切り、除染で出た汚染土は再利用を目論む。原発事故が終わったかのような風潮に、「被害を受けた人、土地、傷を負った人に失礼だし、責任放棄だと思う」とわかなさんは言う。為政者が語る「絆」や「寄り添う」という言葉も「パフォーマンスでしかない」と事故当時から見抜いていた。

 その一方で、こんなことも話してくれた。

「未来はもう少しよくしていけるんじゃないか、とも思います。原発事故でもそうでしたが、コロナ禍でひとりひとりが考えないと生きられない世界になってしまった。気候変動などにしても、考えて動かなきゃ状況を変えられない。“どうせ社会なんて、私なんて、こんなもん”とあきらめないで生きていけたらいいなと思います」

 インタビューのあと、わかなさんがメールをくれた。そこには、こう書かれていた。

汚染土が入ったフレコンバッグが並ぶ福島県・大熊町の中間貯蔵施設。国は県外での最終処分を打ち出している
汚染土が入ったフレコンバッグが並ぶ福島県・大熊町の中間貯蔵施設。国は県外での最終処分を打ち出している

《つらかった当時の15歳の私を助ける(助けるというか、抱きしめる?)ために、いろんな人に経験を伝えているんだとも思います。“わかってくれる人もたくさんいるから大丈夫だよ” “生きててくれてありがとう” “生きててよかったよ”と自分自身に伝えたいのかもしれないです》

 森山詩穂さんが原告となっている「311子ども甲状腺がん裁判」では、裁判費用をまかなうための寄付をネット上で募っている。
「311子ども甲状腺がん裁判」を支援してください!https://readyfor.jp/projects/311supportnetwork

〈取材・文/吉田千亜〉
 よしだ・ちあ ●フリーライター。1977年生まれ。福島第一原発事故で引き起こされたさまざまな問題や、その被害者を精力的に取材している。『孤塁 双葉郡消防士たちの3・11』(岩波書店)で講談社ノンフィクション賞を受賞