納体袋を開けると白いバラが…

 ハートフルなエピソードは続く。

「夏場に孤独死をされた高齢男性の故人様のご葬儀に携わったときのことです。孤独死の場合は警察の検視の後にご遺体をお迎えに行くのですが、暑い時期でご遺体の状況があまりよくなく、黒いビニール製の納体袋で安置されることになりました」

 喪主となるその故人の子どもは県外在住だったため、専門のスタッフが電話で葬儀内容などの受注を受けた。その際、故人を最期に入浴させて着物を着せる「湯灌(ゆかん)」のサービスを請け負ったという。

「おそらくそのスタッフは、いつもの流れで湯灌の有無をお尋ねしたのでしょう。遠方にいらっしゃるご遺族様もまだ故人様と対面されていないので、ご遺体の状況がわからないまま湯灌の申し込みをされたのだと思います。本来は、納体袋にお入りになっているという時点で湯灌は難しいのですが、すでに湯灌師さんへの発注がかかっていました」

 その遺体は腐敗が進んでいた。結局、遺体の状況を確認した湯灌師の判断によって、湯灌は行われないことになったが……。

「ご遺族の方には状況を納得していただき、納体袋のままお棺に納めて最後のお別れとなりました。でも、ご遺族の方はやっぱりお顔を見たかったのでしょう。お棺の中に手を入れて納体袋の顔の部分を開けてしまったんです」

 その時、目に入ったのは白いバラの花だった。

「湯灌師さんたちは、湯灌時に使う不織布をバラの形に折って敷き詰めて、お顔の部分を隠してくださっていたんです。こうしておけば、お顔を見たくて開けてしまったとしてもご遺族様は状況を察してくださるだろう。そう気遣ってくださったのだと思います。

 湯灌をしていないので湯灌師さんに代金は支払っていませんし、私たち葬儀社のスタッフは白いバラのことを誰も知りませんでした。同じ葬儀に携わる仕事をする者として、湯灌師さんのプロ意識の高さと思いやりの深さに感動した出来事でした」

 このように思わず心が温まるような場面に遭遇することも多々あるというが、葬儀場といえば気になるのが心霊現象。仕事で怪談のような怖い思いをしたことはあるのだろうか。不謹慎な質問にもSさんは快く答えてくれた。

「私自身、以前から不思議な経験をすることが多かったんです。たとえば、前から歩いてきた人に挨拶をしても無視されてしまい、『チッ』と思って振り向くといなかったりとか、同じ場所に複数人がいるときに私だけが見えている人がいたりとか」

 仕事に関しては、この1年ほどの間で2回ほど、不思議な出来事が。一度目は真冬のことだった。

「私は斎場に配属されているので、ご葬儀がない日でも出勤してさまざまな業務を行っています。その日は斎場に何の予定も入っておらず、出勤は私ひとりでした。冬なので退社時間の午後5時は真っ暗でした。電気を消して暗い中を帰ろうとしたとき、突然、背後でリーンとおりんが鳴ったんです。恐怖心はなかったのですが、振り向いたらいけないような気がしてそのままササッと帰りました」