目次
Page 1
ー 「止まり木」は異色の存在
Page 2
ー 母親に売春を強要された女性
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ー 役人、若者にも立ち向かう覚悟
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ー 息子が世話になって支援を決意
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ー “探偵ごっこ”で徹底捜索
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ー 出所者への根強い差別と偏見
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ー 専門家につなぐための対話
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ー 「何とか立ち直らせたい」

 保護観察所の役人相手でも、若い男性入所者でも、間違っていると思えば、ケンカも辞さない。「自立準備ホーム香川 止まり木」代表の大塩幸子さんは、預かった入所者たちを支える自立準備ホームの応援団長のような頼もしい存在だ。熱い思いを持つ“3婆”を中心に職業、人柄、特技、資格が異なるスタッフらが連携。複雑な事情を背負う人々の再出発を後押ししてきた。たとえ裏切られても、粘り強く活動を続けるスタッフたちには、それぞれに、出所者支援と向き合える理由や強い信念があったーー。

「止まり木」は異色の存在

「わぁ、お久しぶり~。ちゃんと生活できてる?」

 香川県高松市にある「自立準備ホーム香川 止まり木」。ここは刑務所などから出所したばかりの人が自立を目指す期間、一時的に入所できる施設だ。

 代表の大塩幸子さん(75)は、元入所者の村松さん(仮名)に会うと、顔をほころばせて明るく声をかけた。

 50代の村松さんは傷害罪で1年2か月服役していた。物腰もやわらかで暴力をふるうような人には見えないが、相手の挑発に耐えかね、やり返してしまったという。満期で出所後、行くところも定まっておらず、ネットカフェなどに宿泊。唯一の財産であった軽自動車が故障してしまい手持ちのお金も減る一方……。困った末にたどり着いたのが「止まり木」だった。

「よう頑張ってるねー」

「こんなにマメにノートをつけてる人は珍しいわ」

 村松さんは日々の反省や心情の変化をノートに細かく記していた。それを大塩さんや支援するスタッフと面談をするたび、ほめてもらったのがうれしかったという。

 服役中にクレジットカードの期限が切れ、携帯電話ショップに行っても契約できなかったが、「リスタート・ケータイ」の存在を大塩さんたちに教えてもらった。初期費用と身分証があれば誰でも契約できるレンタル携帯で、村松さんもこれを手に入れて、ようやく職探しをする準備ができた。

 
ハローワークまで毎日30分かけて歩いて通い、運輸業の会社に就職。自立資金を貯め、4か月後にアパートを借りて独立できたのだという。

「ここの人たちは応援してくれるんですよ。刑務所みたいに押しつけられたりすると、逆に“そんなん、わかってるのに”となっちゃうけど、応援されたら頑張れる。だから“ここを出た後も大塩さんに報告させていただいてもいいですか?”と言うたんです。  助けてもらいたいとかじゃなくて、ただ、たまに電話して声を聞いたら、大塩さんたちとつながっている気がして、何か安心感があるんです。大塩さんは面倒見がよくて、頼りになる親分みたいな人ですから(笑)」

 2階建ての一軒家に個室があり、最大5人が共同生活を送る。ほかの施設ではスタッフが常駐し、厳しい規則を設けているところもあるが、「止まり木」では常駐せず、スタッフが毎日交代で訪問して入所者と面談している。

ホームを出て、再出発した村松さんから近況を聞く大塩さん。まじめに仕事に取り組んでいる様子がわかると、「偉いやんか!」とうれしそうに褒めていた 撮影/伊藤和幸
ホームを出て、再出発した村松さんから近況を聞く大塩さん。まじめに仕事に取り組んでいる様子がわかると、「偉いやんか!」とうれしそうに褒めていた 撮影/伊藤和幸

 全国に447か所ある自立準備ホームの中で、「止まり木」は異色の存在といってもいいかもしれない。13人いるスタッフは全員ボランティア。大塩さんが口説いて集めたメンバーには福祉の専門家もいるが、大家業、僧侶、元公務員、看護師、自営業など幅広い職業の人が集まっている。それぞれの人生経験をもとに、年代も罪状も違う入所者たちと向き合えるのが、「止まり木」の強みだ。

 村松さんと同じく、行き場をなくして「止まり木」に来た佐野さん(仮名)は60代。競馬にハマって会社の金を使い込み、業務上横領罪と詐欺罪で逮捕された。執行猶予がついたが、住み込みで働いていたため職と家を同時に失い、妻子にも見放された。

「こんな普通の一戸建てで暮らさせていただいて、風呂もあるし、トイレは水洗でウォシュレットまでついてる(笑)。本当に止まり木さんには感謝しても、しきれんです。ずっと仕事は一生懸命してきたんやけど、お金にルーズなところがありましてね。あのときはちょっと狂うとったんやろうね。“もし、今度やったら俺が死ぬときや。もうこの世にはおれんから”。大塩さんたちには、そう言うとります」

 佐野さんの決意を聞いて、大塩さんはこう励ましてくれたそうだ。

「それは自分の心にしまっておいたらええん違う。そこまでの覚悟があるなら、二度とせんと思うわ」

 佐野さんはビル管理会社に就職して、半年後にひとり暮らしを始めた。

「返済がすべて終わったら温泉旅行に行こう。佐野さんの費用も出してあげるから」

 スタッフの夫婦がかけてくれた言葉を励みに、使い込んだお金を今も返している。5年後に完済できる予定だ。

 村松さんのような満期出所者のうち4割以上は、行き場のないまま社会に戻る。食べる物にも事欠き、再犯してしまう人は多い。受け皿として更生保護施設があるが、それだけでは数が足りず、2011年に法務省が導入したのが自立準備ホームだ。

 罪を犯した人の更生保護を担う保護観察所に登録されたNPO法人などが、おのおのの個性を生かして運営。滞在費は無料で最長6か月間滞在できる。佐野さんのように執行猶予がついた人でも、保護観察所が必要だと判断すれば入所できる。

 大塩さんにホームの特徴を聞くと、「ゆるい」とひと言。

「社会に踏み出す一歩やから、規則でがんじがらめにする必要はないと、ごく普通の感覚でやっています。うちもルールはあるけど、ほんまに当たり前のこと。室内では禁酒禁煙とか門限があるとか。違反しても、ある程度は見て見ぬふりをしています。私でも破ると思うから(笑)」

 だが、人の目がなければ好き勝手できてしまうのでは─。そう指摘すると、大塩さんは「実際に仕事に行っていると嘘をついて部屋で寝ていた人もいる」と笑う。

「でも、それで困るのは本人ですからね。自立資金が貯まらなかったら、再度路頭に迷うだけだから。ある意味、本当に自立心がないと、ゆるすぎて不自由かもしれんね」

 入所者には食事代も支給される。スタッフが食事まで用意する施設もあるが、その点も「止まり木」は違う。

 刑務所や作業員宿舎での生活が長く自分でご飯を炊いたことがない人も多いので、炊飯器の使い方や味噌汁の作り方から教える。

「独立したら自分でご飯も用意せないかんやんか。普通の生活に慣れてもらうためと言えばカッコいいけど、ようは、お炊事する人もいないのよ。ハハハハハ」