専門家につなぐための対話

 実は「止まり木」に来る人のうち、かなりの数の人が何らかの精神疾患を患っているのだという。知的障がい、発達障がいのグレーゾーンの人も多い。泉さんは「半数くらいはそうじゃないか」と推測する。「止まり木」に迎え入れてから、スタッフが異変に気づくことも多い。岡野さんが7時間面談した30代の男性もそうだった。

 男性は自分で仕事も見つけ、精力的に働いていた。ところが、ある日突然、ぜんまい仕掛けの人形がパタンと倒れるように仕事に行けなくなり、部屋でひたすら寝ている。「何か変や」と感じた大塩さんが受診歴を聞くと、「3度あるけど医者によって言うことが違う」と答えた。

 大塩さんは保護観察所への怒りを隠さない。

「うちに丸投げされても困ることが、ようけあるの。彼の場合も、病気なのか、単なるなまけなのか、彼自身がいちばん知りたいし、病気であれば治療してほしいって、心の叫びが伝わってきて、かわいそうになーと思いましたよ」

 男性は生活保護を受給。「止まり木」を出てアパートで暮らし始めた。だが、しばらくすると医者にも行かずに引きこもってしまった。大家である泉さんと大塩さんが訪ねても返事もしなかったが、最近ようやく応答してくれるようになったという。

 こうした精神疾患など、入所者の対応に困ったとき、頼りになるのが大川裕子さん(57)だ。大川さんは精神保健福祉士などの資格を持ち、20年近く社会福祉協議会でケアマネジャーとして勤務していた。昨年春に退職し、今はファイナンシャルアドバイザーとして働いている。

 10数年前に大塩さんと知り合って意気投合し、飲み友達に。ホームレス支援のボランティアに誘われて参加したのと、ちょうど同じころ「止まり木」ができた。当初は仕事が忙しく、「この人、ちょっと変だから話を聞いてあげて」と頼まれると様子を見にくるのが精いっぱいだったが、定時で上がれる職場に異動して、ようやく定期的に関われるようになったそうだ。

 福祉の専門家である大川さんは、入所者との面談もほかのスタッフとはひと味違う。

入所者が隠す問題をうまく聞き出すための対話を心がけている大川さん 撮影/伊藤和幸
入所者が隠す問題をうまく聞き出すための対話を心がけている大川さん 撮影/伊藤和幸
【写真】村松さんが、日々の反省や心情の変化を綴っているノート

「お給料をもらって、次の給料日まで足りてた?何日くらいで、お金がなくなりよった?」

 世間話をするように気軽な口調で聞いていくと、こんな答えが返ってくる。

「3日で給料全部なくなったわ」

「それじゃ困ったやろ。お金をどうやって使ったらいいんだろうね」

 そうやって会話を重ねるうちに、相手も少しずつ心を開いてくれるのだという。

「計算が苦手、漢字が書けないという人は結構いるけど、言いたくないんですよ。みんな社会の中で、もまれながら生きてきた経験もあるので、バカにされないようにガードしているし。

 だから、どこでつまずきがあるのかをうまく引き出してあげて、本人にも納得してもらったうえで、必要があれば、困りごとを解決するための専門の方につなぐようにしています」

 どんな入所者に対しても、いつも冷静な大川さん。大塩さんからは「あんたは冷たい」と冗談交じりに指摘されるそうだが、何でも口に出せる風通しのよさが「止まり木」にはあるのだろう。

 冷たく思われる理由を大川さんは「あえて感情移入しないようにしているから」と説明する。

「感情移入するとブレるんですよ。私の役目は淡々と、こういう方法もあるよって選択肢を出していくことだと思っているんです。大塩さんたちは熱血漢で、おーい、どこまで行くんだーってハラハラするときもあるけど(笑)、熱くて押しが強いからこそ、ここまで引っ張ってこられたんだろうなと思います」