妻子を捨て、命がけの逃亡

 意外だが、鈴木さんはヤクザ時代にキリスト教の洗礼を受けている。

「今の家内がクリスチャンだったからです」

 出会いは30歳で2度目の刑期を終えた直後。景気づけに入ったコリアンクラブで働いていたのが韓国人の妻だった。

「恥ずかしながら私のひと目ぼれです。毎日店に通いつめ、口説き落として彼女の家に転がり込みました。彼女はジャパンドリームを求めて、自分と家族のために働きに来ていたので、ヤクザにくっつかれて迷惑だったでしょうね」

 2人が結婚したのは、出会って3年後。神のお告げがあったからだ。

「当時、彼女にくっついて教会に通っていました。もっとも、“バクチで勝てますように”と祈るくらいで、信心には程遠かったんですが。ある日、牧師さんが“あなたたち結婚しなさい”と、日取りまで決めてしまったんです」

 急転直下のお告げに、驚いたのは彼女である。妻・まり子さん(69)が話す。

「私は教会で、“この人と別れさせてください”と祈っていたほどです。だから、先生(牧師)にも、この人はヤクザで借金もたくさんある。結婚する相手じゃないと訴えました。でも先生は“借金は神様が返してくださいます”と聞き入れてくれません」

 まり子さんは仕方なく牧師に従った。牧師を神様のように信じていたからだ。

「嘘みたいな話だけど、私がひざを骨折したとき、先生のお祈りでその日のうちに歩けるようになったんです。だから私にとって先生の言葉は神様の言葉そのものでした。

 それに、この人、いいところもありました。お酒を飲んで変わらないところもそのひとつ。父親の酒癖が悪くて苦労したので、よけいに良く見えたのかもしれません」

 こうして、鈴木さんは洗礼を受け、神様の前で永遠の愛を誓った。33歳のときだ。

 翌年にはひとり娘を授り、驚くことに、2億円近い借金もきれいに返済できた。

「バブルの時代で、バクチで羽振りよく大金が動いたせいもあります。だけど、やっぱり思いましたよ。本当に神様はいるんじゃないかって」

 とはいえ、金の苦労は尽きなかった。

 鈴木さんは所属していた組と距離をおき、『本筋モン』と一目置かれる、ばくち打ちになっていた。それも、フリーの立場で賭場を開帳するため、資金を自分で調達しなければならなかった。

「週刊誌のグラビアで、“若手ナンバーワンのばくち打ち”と紹介されるほどの人気で、ほうぼうの組から“もうけさせてや”って資金が集まりました。それでも負けた客が逃げたり、不渡りをつかまされたり……資金繰りはラクじゃなかった」

 そんな矢先、借りた資金が火種となり、命を取られかねない騒動が起きた。

「若頭に内緒で5千万円もの大金を親分から直接調達したのがバレたんです。明らかに掟破りでした。俺なら許されると調子に乗ってたんです」

 事務所に呼び出され、2時間にわたり殴る蹴るのリンチを受けた。「今晩中の返済」を条件に解放されたものの、借金のあてなどなかった。

 向かった先は、これまで出資してくれた、ほかの組の親分衆のもとだった。

「もう借金は頼めませんから、詫びを入れに行ったんです。信用を失った自分は、この世界では生きていけない。借りた資金も返せませんと」

 3軒回って、すべての挨拶を終えた。表には見張り役が待ちかまえている。

「手ぶらで戻れば、よくて半殺し。コンクリート詰めで海に放り込まれるかもしれない。万事休す、でした」

 そのとき目に入ったのが、駐車場に続く裏口だった。

 逃げろ! とっさに思い立ち、自分の背丈より高い塀を乗り越えて逃走した。

「鈴木が逃げた!」、瞬く間に組は手を回し、関西の主要駅に包囲網を敷いた。

 鈴木さんは、かいくぐるように東京へ逃げた。

「自分が助かりたい一心で、残された家内や小さな娘がどうなるかなんて考えもしなかった。女性まで連れて逃げたんですから、どこまで人でなしかってことですよ」