鈴木さんの研究チームでは、これまで読み聞かせの効果を裏付ける数々のデータを発表してきた。6年間にわたる調査では、読み聞かせ活動を続けたグループは、しなかったグループに比べて、海馬という脳の部分の萎縮が抑えられていた。海馬は記憶の保持や思い出す機能に関わり、認知症の初期から萎縮しやすい部位として知られている。

「このように認知機能の衰えを防ぐ意味でも、上皇ご夫妻は素晴らしい習慣をお持ちだと思います。みなさんのご家庭でも、家族で読み合うことから始めてみるとよいのではないでしょうか」

上皇ご夫妻がお読みになっているエッセイ

 また、鈴木さんは、読み聞かせはボランティアなど地域貢献や社会活動につながりやすいことも、認知症予防にすすめたい大きな理由だという。社会的なつながりが多い人ほど、認知症を発症しにくいという研究が、国内外で数多く報告されているからだ。

「実はこの読み聞かせプログラムは、もともと高齢者の社会参加のために考えられたもの。まず読み聞かせ講座を受講してもらい、受講後に保育園などで実践する場を設けたりしています。子どもたちから『また来てね』という魔法の言葉をもらうとやめられなくなるようです(笑)」

 各地で活動する自主グループも増加中。読み聞かせをしてほしいという要請も多く、読み手はひっぱりだこだ。コロナ禍でも、ZOOMや動画配信などオンラインツールを活用して要請に応えてきた。

「ITが苦手な高齢者でも、環境を整えてあげれば、離れて住むお孫さんに読み聞かせすることもできます」

 鈴木さんたちの活動は絵本だが、上皇ご夫妻は何をお読みになっているのか。美智子さまの側近がこう明かしている。

《ご朝食後の陛下とのご本の音読は今も毎日続けられ、山本健吉の「ことばの歳時記」に続いて、寺田寅彦の「柿の種」をご一緒にお読みになっています》(同・前、令和3年より)

 今お読みになっているのは、夏目漱石の弟子ともいわれる名随筆家の寺田寅彦の本だという。『柿の種』は寺田寅彦が平易でかつ味わい深い言葉で日常の中の不思議を表現した極上のエッセイ集だ。その本の中から読むものの想像力をかきたてる1編を読者のみなさまにご紹介する。

 関東大震災直前の東京・隅田川にかかる橋。そのたもとに立つ男のたわいない様子を寺田が活写している。実際に上皇ご夫妻も読まれた名文を、言葉に出して読んでみてはどうだろう。