◆上皇ご夫妻も読まれた味わい深い日本語の名文

寺田寅彦 『柿の種』 短章その一より

晩春の曇り日に、永代橋を東へ渡った。
橋のたもとに、電車の監督と思われる服装の、四十恰好の男が立っていた。
右の手には、そこらから拾って来たらしい細長い板片を持って、それを左右に打ちふりながら、橋のほうから来る電車に合図のような事をしていた。

左の手を見ると、一疋の生きた蟹の甲らの両脇を指先でつまんでいる。
その手の先を一尺()ほどもからだから離して、さもだいじそうにつまんでいる。
そうして、なんとなくにこやかにうれしそうな顔をしているのであった。

この男の家には、六つか七つぐらいの男の子がいそうな気がした。その家はここからそんなに遠くない所にありそうな気がした。

寺田寅彦 (1878〜1935)
てらだ・とらひこ。物理学者、随筆家。第五高等学校時代に夏目漱石に出会い英語と俳句を習い、その紹介で正岡子規とも交流し、俳句などを『ホトトギス』に寄せた。主な著書に『冬彦集』、『藪柑子集』、『柿の種』などがある。

◆読み聞かせの自主グループが各地で活躍中!

 鈴木さんら東京都健康長寿医療センターの研究チームが立ち上げた読み聞かせ活動は、「りぷりんと」の名称で首都圏を中心に展開中だ。参加者はまず週に1回、2時間ほどの講座を12回受講。本の読み方、選び方など読み聞かせのコツを習得する。その後、多くの受講者が、読み聞かせのボランティアグループに参加している。

 活動を継続する人が多い理由としては、「スキルが身に付くこと」「社会貢献につながること」が考えられている。参加者は女性が多いが、社会性を重視する男性にも好評だ。また、研究チームの予想を超えて多かったのは、「仲間ができてうれしい」との声。参加者は60代、70代が多いが、仕事や家庭を離れて人と交流できる場にもなっている。

読み聞かせボランティアの様子
読み聞かせボランティアの様子
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「読み聞かせ」4つのすごい効果

(1)脳のネットワークを活性化
認知機能を担う神経細胞のネットワークは、知的活動、特に新しい経験や学習によって新しくつくられる

(2)記憶力の衰えを予防
読み聞かせ講座の前後に行った記憶テストでは、受講後のほうがテストの点数が向上していた

(3)滑舌向上で嚥下機能もアップ
声に出して読めば滑舌がよくなり、口のまわりの筋肉が鍛えられて、嚥下機能の衰えや誤嚥性肺炎の予防になる

(4)認知機能のトレーニングに
相手がいることによって、自分と相手の状況を客観的に見るという社会生活に必要な認知機能を鍛えられる

◆「読み聞かせ」で脳の萎縮が抑えられた!

 読み聞かせ活動参加者について、活動開始前と6年後に脳のMRI検査を実施。すると海馬という記憶をつかさどる脳の部分の萎縮率が、一般協力者が4.1%であったのに比べ、読み聞かせ参加者は0.5%と、海馬の萎縮が抑えられていた。

教えてくれたのは鈴木宏幸さん
東京都健康長寿医療センター研究所「社会参加と地域保健研究チーム」研究員。2004年から「絵本読み聞かせプログラム」に携わり、研究のプランニングから、講座や自主グループのフォローまで精力的に行っている。


取材・文/志賀桂子 イラスト/伊藤和人 皇室写真/宮内庁提供