目次
Page 1
ー たった1枚の小さな葉っぱで表現
Page 2
ー 「ダメ社員」という烙印を押されて
Page 3
ー 集中力を活かす葉っぱ切り絵との出会い
Page 4
ー 転機となった「葉っぱのアクアリウム」
Page 5
ー 発達障害の当事者として伝えたいこと
Page 6
ー 僕が「世界で勝負したい」理由

 1枚の葉っぱに描かれているのは、どこか懐かしい風景と、動物たちが織り成す温かでやさしい世界。「葉っぱ切り絵アート」という表現を切り開き、いま最も注目される若手作家となったリトさん(36)。SNSを活動拠点に作品を発表、いまやフォロワーは40万人を超え、世界からも注目を集める存在に。緻密な作品の背景には、発達障害ゆえに悩み、考え抜き、試行錯誤を重ねた道のりがあった──。

たった1枚の小さな葉っぱで表現

 9月中旬。神奈川県横浜市にある東急ハンズ横浜店で、ある催しが行われていた。
「リト@葉っぱ切り絵展in横浜」

 その名のとおり、葉っぱで作られた切り絵作品の展示会である。壁には約20点の「葉っぱ切り絵」と、その拡大写真が飾られている。どれも青空や夕焼け、森や切り株などを背景に撮影されたものだ。

 1枚の葉っぱに描かれているのは、カエルやウサギ、ゾウ、クマ、キリン、ハリネズミ等々、たくさんの動物たちが織り成す世界。

 各作品には、こんなタイトルがつけられている。

『森の小さな床屋さん』

『今日も配達ご苦労さま』

『少しチクッとしまチュからね』

『いつでも君のそばにいる』

『楽しいパーティがもうすぐはじまるよ』

 葉っぱの中に登場するキャラクターたちは、これらのタイトルで表現されているような物語をユーモラスに演じている。まるで影絵を見ているみたいで、どこか懐かしい思いにかられる。

 会場に集まっているのは、中高年の女性たちが圧倒的多数。年配の夫婦や、40代ぐらいの母親と10代の娘らしい母子の姿も目につく。

 これらの印象的な作品を手がけているのは、リトさん。「葉っぱ切り絵アーティスト」を名乗り、いま注目の若手作家のひとりだ。

「ファンのみなさんは、僕の作品をきっかけに昔のことを思い出したり、自分の体験に引きつけながら、切り絵からイメージを膨らませていたりするんです。自分がちっちゃいときに、あそこに連れていってもらってうれしかったなとか、うちの子も幼いころ、こんなことをしていたなとか……。だから若い人ではなく40代、50代という“記憶の蓄積が多い人”から支持されているのかな、と思いますね」

 チェックのシャツに帽子姿のリトさんは、よく通る声でそう分析してみせた。

 会場では作品集も販売され、特に先行発売のカレンダーが瞬く間に売れていく。購入者には目の前でリトさん本人がサインをしてくれる。そのサイン待ちの列はいつまでも途切れることがない。

東急ハンズ横浜店で行われた展示会でサインをするリトさん。ファンには週刊女性の読者世代と同じ中高年の女性が目立つ 撮影/渡邉智裕
東急ハンズ横浜店で行われた展示会でサインをするリトさん。ファンには週刊女性の読者世代と同じ中高年の女性が目立つ 撮影/渡邉智裕

 リトさんが普段、作品を発表しているのはSNSだ。2020年にツイッターで作品の投稿を始め、ほぼ毎日続けている。いまやインスタグラムは44万7000人、ツイッターも12万6000人のフォロワーを獲得。作品をまとめた単行本も次々と出版され、多くのメディアで紹介されるように。リトさん自身にもオファーが殺到、『情熱大陸』(TBS系)、『徹子の部屋』(テレビ朝日系)という有名番組にも登場するに至った。

実際の作品と拡大写真を並べて展示。小さな葉っぱに施された緻密な細工に目を奪われる
実際の作品と拡大写真を並べて展示。小さな葉っぱに施された緻密な細工に目を奪われる

 そして8月、3作目の著書となる絵本が発売された。この『葉っぱ切り絵』シリーズは累計20万部を突破するヒットとなっている。

 作品展の来場者にも話を聞いてみた。横浜市在住の会社員の女性(55)は、興奮ぎみにこう語る。

「去年、ツイッターで偶然、リトさんの作品がタイムラインに流れてきたんです。すごい作品を作る人がいる、しかも横浜の人だと知り、作品展にも足を運びました。

 『徹子の部屋』は有休を取って、リアルタイムで見ましたよ。実際の作品はSNSで見るより繊細だし、やさしさが伝わってきますね。友人たちに教えると、みんなファンになっています」

 東神奈川から来たという74歳の女性は、「高校の同窓会でLINEグループを作っているんだけど、そこでリトさんブームが巻き起こっているんです。早速、今日のことも知らせなくちゃ(笑)」

 たった1枚の小さな葉っぱなのに、見る人の心を揺さぶり想像力を刺激する、やさしく温かな物語が描かれているリトさんの作品世界。独自の表現が生まれ、ここに至るまでには、奇跡のような物語があった。