荒井氏は、神奈川県出身で高校卒業後、横浜市役所に勤務してから早大政治経済学部に進学。奨学金を得ながら卒業し、1991年に通商産業省(現経産省)に入省した苦労人。その経歴から「異能の官僚」とも呼ばれ、将来の事務次官就任が有力視されていた人物だ。

 荒井氏の差別発言に対し、性的少数者の全国組織「LGBT法連合会」は4日、「時代錯誤の認識だ」と批判する声明を公表。とくに、荒井氏が同性婚の法制化などについて「秘書官室もみんな反対する」と述べたことについて「5月の広島G7サミット議長国として国際的に日本の立場が問われる発言。岸田首相の見解が問われる」と指摘し、差別禁止法を今国会で制定するよう求めた。

 一方、憲法学者で東京都立大学の木村草太教授は4日、自身のツイッターで岸田首相が「言語道断」と荒井氏を更迭したことについて、「では現内閣が、同性婚法案を国会に提出しようとしない理由は、荒井氏の発言とどう違うのだろうか?」と指摘した。

 また、同性愛を公表した立憲民主の石川大我参院議員も4日、自身のツイッターに、荒井氏が「同性婚を導入したら国を捨てる人もいる。首相秘書官室全員に聞いても同じことを言っていた」と発言したとされることについて、「首相秘書官室全員の懲戒免職を求める」と書き込んだ。

順調だった予算案審議に混乱も

 こうした各方面からの厳しい批判や反発は、国会運営にも跳ね返ることが確実だ。1月23日に開会した通常国会は、来年度当初予算案の基本的質疑を終え、一般質疑にさしかかったばかり。児童手当の所得制限廃止問題や防衛増税など審議すべき課題は山積しており、「審議時間が足りない」(立憲民主)のが実態だ。

 6日の衆院予算委一般質疑では、「差別発言の詳細やその経緯」などをめぐって与野党が対立、審議が中断するなど混乱した。これと並行して岸田首相は記者団に対し「今後も国会審議を通じて丁寧に説明していく」と硬い表情で繰り返した。

 今後の国会日程をみると、8日には少子化対策や防衛増税などをテーマとした予算委集中審議が設定され、10日は地方公聴会が実施される。ただ、今回の官邸の失態で、これまできわめて順調だった予算案審議の混乱も想定されるだけに「事態は深刻」(自民国対)だ。

 1月のメディア各社の世論調査を分析すると、焦点の内閣支持率については「一部の調査で過去最低を更新したが、トータルでみると支持率は下げ止まり、回復傾向にあった」(政治アナリスト)のが実情だ。

 だからこそ、岸田首相も「地道に成果を挙げれば、国民の信頼も回復する」と自らを鼓舞し、年明け以降、政権維持への自信をにじませていた。それだけに、今回の荒井氏の暴言による政権への打撃の深刻さには「首相自身が打ちのめされている」(首相周辺)とされる。

 このため、今後の内政・外交両面での政策決定などで岸田首相の求心力喪失が際立てば、「本物の政権危機が到来する」(岸田派若手)ことは避けられそうもない。


泉 宏(いずみ ひろし)Hiroshi Izumi
政治ジャーナリスト
1947年生まれ。時事通信社政治部記者として田中角栄首相の総理番で取材活動を始めて以来40年以上、永田町・霞が関で政治を見続けている。時事通信社政治部長、同社取締役編集担当を経て2009年から現職。幼少時から都心部に住み、半世紀以上も国会周辺を徘徊してきた。「生涯一記者」がモットー。