「ただ、お出かけになれば、相応の警備が必要ですし、マスコミの要望に応じて取材設定も組まれることになる。新時代を迎えた今、上皇ご夫妻の旅行が大きく報じられれば、費用の面なども含めて少なからず国民から疑念の声が上がるのでは、という懸念もありましたが、想像以上にポジティブな反応で、心配は杞憂に終わりましたね」(宮内庁関係者)

 美智子さまは、今回の旅行でぜひ参加したいとお考えのイベントがおありだった。

美智子さま、45年越しの夢

京都三大祭りの1つに数えられる葵祭です。毎年5月15日に行われていて、今年はコロナ禍以来、4年ぶりの開催。迎えた当日は荒天に見舞われましたが、翌16日に順延され、無事執り行うことができました」(地元紙記者)

 上皇ご夫妻は、新緑の都大路を華やかな王朝行列が練り歩く『路頭の儀』をご覧になられた。説明人を務めた『葵祭行列保存会』前会長で考古学者の猪熊兼勝さんは、こう語る。

「上皇さまと上皇后さまは、“準備が大変ですね”“馬がおとなしく行きますね”と、互いに感想を述べられていました。おふた方に対し、参列者がお辞儀をすると、上皇ご夫妻は起立して手を振ってくださいました」

 猪熊さんと上皇ご夫妻が面会されるのは初めてではない。

'78年5月、学会出席のため京都を訪問された上皇ご夫妻。葵祭の衣装や牛車を見学された
'78年5月、学会出席のため京都を訪問された上皇ご夫妻。葵祭の衣装や牛車を見学された
【写真】大学時代の美智子さまが美しすぎる!

「7年ほど前、高松塚古墳をご案内しました。上皇后さまはその際に“葵祭が以前から見たかったんです”と。今回、ようやく実現できて、私自身も光栄ですと申し上げました」(猪熊さん)

 葵祭のご観覧は、年来の悲願だったという美智子さま

「1978年5月、皇太子時代の上皇ご夫妻は、葵祭の前日に京都御所を訪問されたことがあります。その際、当日使用される衣装や牛車を見学されましたが、葵祭をご覧になることは叶いませんでした。それから45年。美智子さまは、長年の夢がついに実り、万感の思いを抱かれているのではないでしょうか」(前出・宮内庁OB)

 葵祭の名称の由来はフタバアオイ。その花言葉のとおり、上皇ご夫妻の“細やかな愛情”が垣間見えた古都旅だった。


山下晋司 皇室解説者。23年間の宮内庁勤務の後、出版社役員を経て独立。書籍やテレビ番組の監修、執筆、講演などを行っている