目次
Page 1
ー 「その人に似せたい」ではなく「なりたい」だった
Page 2
ー 芸能界入りのきっかけは片岡鶴太郎!?
Page 3
ー 過酷過ぎた企画で「俺、死んだわ」
Page 4
ー 『サンクチュアリ』を見て貴闘力に直球質問

テレビ、YouTube、CM業界などの放送作家として、数々のコンテンツを作り出してきた澤井直人(33)。今、ほかの誰よりも「人間」に興味がある平成生まれの彼が、「話を聞きたい!」と思う有名人と対談する、好奇心と勢いだらけのインタビュー企画『令和にんげん対談』!   第11回は、お笑いタレントの松村邦洋が登場! ビートたけしや掛布雅之をはじめとしたモノマネで注目を集め、『進め!電波少年』や『探偵ナイトスクープ』に出演。現在は『アッコにおまかせ!』や、多数のラジオ番組でレギュラーを務めるなど精力的に活動している。  そんな松村は、今年で芸能生活35周年を迎えた。学生時代に片岡鶴太郎にスカウトされたデビュー当時の話から、電波少年の“アポなしロケ”をはじめ、かつての芸能界の逸話、そして35周年を迎えたいま思うことまで、大御所ベテラン芸人に芸能生活を振り返って頂きました!

澤井直人(以下、澤井):松村さんには、僕が作家を担当した『ものまね師弟バトル MANE-1』に審査員で出演頂いた事があり、お会いするのはそれ以来だと思います。その際はありがとうございました。

松村邦洋(以下、松村):そうでしたね! ありがとうございました。

「その人に似せたい」ではなく「なりたい」だった

澤井:最近だと、松村さんはご自身のYouTubeチャンネル(『松村邦洋のタメにならないチャンネル』)で、歴代の優勝監督になりすまして、六甲おろしを披露されていましたね。僕も野球ファンなので面白く観させて頂きました。

松村:あの動画は再生数が多かったですね。1985年の吉田義男監督、2003年の星野仙一監督、そして今年の岡田彰布監督……。僕は出身が山口なんですけど、親父が熱烈な阪神ファンでね。自然と阪神を応援するようになってて。

澤井:僕は滋賀のおごと温泉という街で育ちまして。野球をやっていたので、よく近江高校から中日ドラゴンズに行った小熊(凌祐)とも試合をしました。

松村:そうでしたか。僕も高校時代は軟式野球部で、ちょうど高校3年生の時に、阪神が日本一になったんですよ。今年はそれ以来の日本一を目指して欲しいですね!

澤井:また松村さんの六甲おろしが聞けそうですね(笑)。阪神の歴代監督もそうですが、松村さんはモノマネのレパートリーが豊富です。政治家や力士などもマネされている。なにかルーツはあったんですか?

松村芸能人とか野球選手とかジャンルで括っていたわけではなくて、小さい頃からテレビで面白いと思った人をマネするのが好きだったんですよ。純粋な好奇心です。

 小学生の時は、大河ドラマ『花神』に出演していた中村梅之助さんとか、お笑いグループの『ザ・ハンダース』とか。中学生では、『金八先生』の生徒役・加藤優さんとか、欽ちゃんバンドの小西博之さんとか。喋り方もそうなんですけど、身振りとか踊りとかもマネしていたので、純粋に気になっていたんでしょうね。

澤井:レパートリーの豊富さは、純粋な興味ありきだったんですね!

松村:ちなみに野球のジャンルだと、最初は甲子園の解説者のマネをしていました(笑)。当時、池西増夫さんという解説者がいましてね。鼻声のような高い声が耳に残るんですよ。なんというか演歌のようなコブシが軽く効いていて面白かったですね。

澤井:ものまね芸人さんって、マネする人のことをとことん好きになるっていう話はよく聞きますよね。松村さんにとって、モノマネは天職だったんですね!

松村:それは大きいですよね。やっぱり好きっていうのは、麻酔がかかっているようなものですから。僕もどちかというと、その人に似せたいというよりも「その人自身になりたい」という欲が強かった。

松村高校生の頃は、軟式野球部だったので、めちゃくちゃ声を出すんですよ。ノックの時に「ばっちこ~い」とか「サードこ~い」とか。サイレンみたいにコブシを聴かせて声出すじゃないですか。それがだんだん楽しくなってきちゃって、声がよく出るようなったんですよね。

澤井:わかります(笑)。モノマネのうまさのルーツは高校野球だったんですね。