目次
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ー 地域に溶け込み、なじみの店も
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ー 桐島容疑者の性格

「まさか生きていたなんて」

 49年間逃亡していた男の登場に、捜査関係者はそう漏らしたという。

 連続企業爆破事件で指名手配されていた桐島聡容疑者(70)とみられる男が、神奈川県鎌倉市の病院に入院し、自ら名乗り出たのだ。

「“最期は本名で迎えたい”と言い、末期の胃がんを患っていた桐島と見られる男からどれだけの供述を引き出せるかというところでしたが、病室での取り調べ中に意識が遠のくこともあったといい、多くの謎を残したまま1月29日朝、死亡が確認されました」(全国紙社会部記者)

地域に溶け込み、なじみの店も

 その後の調べで指名手配後の桐島容疑者の行動が徐々にわかってきたが、それが捜査関係者を困惑させた。

「すぐ近くの神奈川県藤沢市で工務店に勤めながら長く潜伏生活を送っていたんです。

 内田洋という偽名を名乗っていて免許証も保険証もなく、本人の供述を信じるならば支援者もいなかったといいます」(前出・記者)

 身分証のない男がどうやって半世紀も逃げ続けたのか─。警察OBのひとりがこれまでの逃亡犯を例に、その日々を推測する。

「指名手配犯を捕まえてみたら手配写真とまったく違う、というケースばかりです。それにしても49年もの間偽名で暮らすことは容易なことではありませんが、実は地域に溶け込んでいるほうが長い逃亡には有利。逃亡犯は地域で孤立すると思われがちですが、桐島容疑者はなじみの店もいくつかあったといいます」

 そこで挙げたのが、ホステス殺害容疑で約15年間の逃亡の末、時効直前の1997年に逮捕された福田和子元受刑者の名前だ。

「彼女は社交的で人付き合いも上手だった。なじみの店で自ら福田和子に似ていると話したり、油断したんですね。それで店主から疑惑の目が向いた」(警察OB、以下同)