イリュージョンのアイデアが止まらない

 二代目として、脱出マジックを引き継いだが、己の道も歩んでいく。衣装やライティング、特殊効果にいたるまでを計算し、幻想を具現化する空間プロデュース、いわゆる「イリュージョン」である。多忙を極める中でも、常に新しいイリュージョンを作り続けた。

「眠ると夢の中にイリュージョンのアイデアが現れ、起きたらそれをノートに書き留めていました。人造人間をつくったり、湖の上を歩いたり、湯水のようにアイデアが湧いてきたんですね」

 彼女のポスターを手がけ、友人でもある美術家・横尾忠則は、『プリンツ21 2001秋号』の対談内で、彼女をこう評している。

「トリックの原型というのは、うんと小さい子に“いないいないばー”ってやるでしょ? ものを隠してパッと見せたり。マジックじゃなくても、そういうことで子どもは喜びますよね。そこにマジックの原型があると思うんです。騙されることの喜びみたいな。それを彼女の場合は一つの作品として見せている」

アメリカ進出をサポートしてくれたラーセン夫妻と
アメリカ進出をサポートしてくれたラーセン夫妻と
【写真】「綺麗すぎる」アイドル時代のプリンセス天功

 大勢のアシスタントを従え、音楽とダンスを取り入れながら、観衆を魅了し、欺く天功のショーは革命的だった。ましてや、それらを従えているのが華奢な女性なのだから、観衆は一層とりこになった。その一人が、後にアメリカ進出をサポートするラーセン夫妻だ。生涯、天功が「アメリカの父と母」と呼ぶほどの恩人だが、これには理由がある。

「私が幼少期にアメリカで脳の手術を行った病院は、ラーセン夫妻が経営していました。その縁で日本で行われる私のショーを見に来てくれたのですが、とても気に入ってくれて。帰国後、2人はアメリカのマジックの権威のある雑誌『ジニー』に私のショーを紹介してくれました」

 '80年代後半、天功の名は欧米のショービジネス界に知られることとなる。よりインパクトをもたらすため、名前も二代目引田天功からプリンセス・テンコーへとメタモルフォーゼした。パリの「キャバレ・ド・シャンゼリゼ」劇場でのショーを大成功させると、唯一無二のオリジナルショーは、オランダ、イギリス、アメリカでも熱狂を生み出した。そして、1990年、マジック界のアカデミー賞といわれる『マジシャン・オブ・ザ・イヤー』大賞に選ばれると、プリンセス・テンコーの名は確固たるものとなる。白人以外、しかも女性としても初という大快挙だった。

デビュー曲『ザ・マジック』の作曲は都倉俊一、プロデューサーは山口百恵の育ての親といわれる酒井政利。期待のほどがうかがえる
デビュー曲『ザ・マジック』の作曲は都倉俊一、プロデューサーは山口百恵の育ての親といわれる酒井政利。期待のほどがうかがえる

 人気はより加速する。サバーン社によるアニメ『テンコー&ザ・ガーディアンズ・オブ・ザ・マジック』が全米約60局で放送され大人気アニメに。さらには、バービー人形で知られるマテル社と契約し、『テンコー人形』を発売すると大ヒットを記録。運命を背負い、危険な脱出に挑み続けた日々が、ようやく報われた……と思いきや、「自由がないという意味ではあまり変わらなくて」と天功は微苦笑する。

「アメリカのショービジネスは日本以上に厳しく、契約で決めたことは完璧にこなさなければいけません。また、私はマテル社と契約したことで、“永遠に24歳”ということになってしまったし、日本人ではなく、アメリカ生まれのアメリカ育ちの日系人というキャラクターに。自分の意思で髪形を変えることもできなかったので、まさにアニメキャラのような存在です(笑)」

 莫大なギャランティーを手に入れるも、多忙を極めすぎて、使う時間はなかったという。「島を購入しても遊びに行けなかった」と吐露するが、飛び出す話が規格外すぎて、下手な手品を見ているよりもこちらは目を丸くしてしまう。

 とりわけ、1998年4月に行った北朝鮮公演は特筆すべき伝説の一つだろう。

 前年、上海公演を行った際に、それを見ていた金正日総書記(当時)の特使から北朝鮮公演のオファーをされたという。

「金総書記に会うと、私のお人形を持っていて、『日本人だとは思っていなかった』と驚かれていました。ショーは無事に終わったのですが、『劇場も造って、豪邸も造る。お手伝いさんもいるから帰らなくていい』と言われて、なかなか帰らせてくれない(苦笑)。結局、帰るのに1か月以上かかってしまいました」

 外交問題に発展しかねない話だが、世界各国を渡り歩く天功にしかできないスペシャルな民間外交ともいえる。いたずらっぽく笑って、こんなことを話す。

「プーチン大統領からも犬をプレゼントされ、中国からは西太后が飼っていた犬種をいただきました。その他にもたくさんの国からワンちゃんを贈られました。わが家だけでASEAN会議ができるくらい。ワンちゃん同士は、みんな仲がいいんですけどね」

 時折ジョークを織り交ぜて自身の過去を振り返る天功は、“気さく”な人でもある。

「けむに巻いてもらっても構わないのですが」、そう前置きして、「噂になったハリウッド俳優、ジャン=クロード・ヴァン・ダムとの婚約報道って何だったんですか?」と切り込んでみた。

 意外にも、すんなりと全貌を語る。

「そもそも、ハリウッド俳優と交際しているという話が日本のワイドショーで紹介されたんですね。固有名詞が出てこないことをいいことに、公開を控えていた映画のプロモーション会社が、あたかも私と噂になっているのがその方であるかのように宣伝したというのが真相です。契約上、こちらから何かを語ることはできないため、噂が独り歩きして」

『テンコー人形』は800万体以上売れた。ファストフードのグッズにも
『テンコー人形』は800万体以上売れた。ファストフードのグッズにも