運命を変えたオーディション
「おまえにぴったりな役があるんだけど、ちょっと来てくれないか?」
そう言って、苦境にある徳山をオーディションに誘ったのは、'98年公開の映画『F』で出会い、映画『クロスファイア』でも一緒に仕事をした映画監督の金子修介だった。金子監督は「勘弁してください。行きません」とにべもなく断る徳山を「一回だけ。ちょっと顔出してよ」と説得。その熱意に押され、金子が総監督を務めるドラマのオーディション会場へと向かうことになった。時は2005年、徳山は23歳になっていた。
「受かる気も全然なくて、『チーッス』って感じで入っていって、『どうして来てくれたの?』『金子監督にお世話になってるんで、今日ご挨拶に来た次第で』みたいな態度で(笑)。もう役者を辞める気満々ですし、そのことも伝えたんです」
しかしそんな徳山を見て驚いた人がいた。このドラマ『ホーリーランド』の原作者である漫画家の森恒二だった。
「実は、ある有名俳優にほぼ決まっていた役がどうもしっくりこなくて……そうプロデューサーに伝えるとオーディションをやってくれることになり、私も同席させてもらったんです。多くの候補者が来るもなかなか決まらない中、遅刻してきて『すいません』と小声で謝ってダルそうにイスに座った男がいたんですよ。
暗い表情からやる気は感じられなかったんですが、そのとき『彼だ!』と思ったんです。しかもオーディションなのに『通っても通らなくても、役者は無理かなと最近思うことがあって……演じるのは好きだけど、これからは音楽メインでやっていこうかと思ってます』なんて言って、一同ドン引きですよ(笑)。
でもね、それで私はますます気に入りました。陰のある表情、引き締まった緊張感のある身体、何よりその雰囲気……彼のすべてが私の理想の“伊沢マサキ像”でした。なので会議で『彼でお願いできないでしょうか!』と頼んで、皆さんに納得してもらって決まったんです」
徳山が演じた伊沢マサキというキャラクターは複雑な家庭環境で育ち、心の中に弱さを抱え、あることがきっかけで居場所を失い、ケンカに明け暮れるようになった“路上のカリスマ”と呼ばれる男で、やがて主人公の神代ユウを導くという重要な役柄だ。徳山はドラマの制作発表の会見で「女性にも男性にもカリスマのマサキを演じるのは、かなりプレッシャーがありました」と語っていた。
「僕がたまたま小学校でやっていた空手、高校のときのボクシングの経験が役に立って、しかも自分の人生がうまくいかなくて『大人なんてクソ野郎だ!』と思っていたことなんかが、金子監督から言われた『おまえにぴったりな役』だったんだなと。
ドラマの撮影はすごく面白くて、マサキはまるで僕の心の中を表現してるかのように闇が深いキャラクターで、夜の街で暴れまくるんです。そのときのフラストレーションをお芝居にぶつけて、暴れられて、楽しかったなぁ」
ドラマは深夜帯の放送にもかかわらず、アクションや格闘技経験者の若い出演者たちが自ら激しいシーンを演じ、話題を呼んだ。ドラマのアクション監督も務めた森は、撮影現場での徳山の印象を回想する。
「凍えるような寒さの深夜の撮影の待ち時間、俳優たちは焚き火の周りに集まってワイワイ話をしていたんですが、ふと見ると徳山がいないんです。それで辺りを見回すと、焚き火から離れた高架下の支柱にもたれて佇んでいる男が……そこには“伊沢マサキ”がいました。
そのときは声をかけられず、撮影後に尋ねると彼は照れたように笑って『次も大事なシーンだったので解除できなかった。マサキのまま、あそこにいたかったんです』と。優れた役者とはこんなに凄いものなのかと、寒さとは違う震えがきたことを覚えています」