また、義肢は体形が少しでも変わるとつくり替えなければならず、体重管理にも気を使うという。
「夏は汗をかくと、義肢があたる部分の皮膚が炎症を起こし、かぶれることもあります。乾燥もしやすいので、肌トラブルにならないように、ケアに気を使っています」
自分の可能性を信じて歩き続けたい
さらに、社会にはまだまだ越えなければならない壁がいくつもある。
31歳のときに富士山登頂にチャレンジ。ケガもなく無事に成功。頂上では一緒に登った仲間とカップラーメンを食べて涙が出た 写真提供/山田千紘さん
「転倒を防ぐコンピューター制御の義肢ができたり、施設のバリアフリー化であったりと、ハード面はすごく進化していると思います。でも、ソフト面、心のバリアフリーはまだまだじゃないでしょうか。実際に僕も就職やひとり暮らしの物件探しでは、苦労しました。
“障害者だから、できない”と決めつけず、その人の可能性を見てもらえたら。社会が障害者の実情を知る機会がもっと増えてほしい。その思いが、SNSをはじめとした、さまざまな活動を続ける理由になっています」
山田さんに事故前に持っていた夢を聞いてみたが、「もう忘れました」とあっけらかんと笑う。見つめるのは未来。そして可能性だけだ。
「限界を決めたくはないし、人生を楽しむことを諦めたくないんです。失ったものより、できることに目を向けて、今日も自分の可能性を信じて歩き続けたいですね」
義肢の扱い、生活動作の工夫、スポーツや仕事への挑戦など、どれも簡単ではない。それでも山田さんは、自分にできることをひとつずつ増やし、失敗しても諦めずに挑戦を続けてきた。
それは、自分を支えてくれる人たちのためでもある。その力強い姿勢は、障害の有無にかかわらず、誰もが前に進む勇気を与えてくれる。
取材・文/小林賢恵











