知人女性による容疑者の生い立ち
母親の知人女性が打ち明ける。
「母親に聞いた話では、吉記容疑者の父親はフィリピンに遊びに行って現地の女性と不倫に走り、その愛人と帰国したんです。それで離婚になりました。母親は実家に戻り、祖母を頼りつつも女手ひとつで息子さん2人を育てたんです。ただ、子どもには構ってあげられず、吉記容疑者は母親の愛情に飢えていたのかもしれません」
土浦市内の県立高校を卒業して、水戸市内の短期大学に進学。学生時代はバスケットボールに熱中した。社会に出ると歯車が狂い始める。
「警察官になりたくて試験を受け、腕立て伏せが苦手で不合格になったと聞きました。仕事をコロコロとかえ、1〜2か月ぐらい働いて辞めるの繰り返し。
自動車の運転免許を持っていないため宅配便の仕分け作業などに従事し、母親は免許を取らせて自立を促すことも考えましたが、費用が工面できずに断念しました。お兄さんは実家を出て自立しています」(知人女性、以下同)
母親はスーパーの警備員をして家計を支えていた。吉記容疑者に結婚歴はないというが、以前は自宅に恋人を連れてきたことがあったという。
「その彼女は遊びに来ると祖母の手料理を食べるだけ食べて、後片づけをせず、挨拶もしないで裏口からソーっと帰っちゃうらしいんです。母親は“いつまでもお客さんのつもりでは困る”とたしなめたそうですが、結局別れてしまいました。やがて吉記容疑者は勤労意欲がなくなり、母親は“私が悪かったんだ、私が悪かったんだ”と後悔していました」
祖母は亡くなり、母親は5年ほど前に入院。家事などまったくできない吉記容疑者のひとり暮らしが始まった。
「見かねたお兄さんが時々お小遣いをあげていたみたいです。そのうち何かやらかすのではと心配していたんです。罪を償って立ち直ってほしいんですけどね。母親がいなくなって寂しかったのかな」
自転車爆走の行き着く先が犯罪だったのだろうか。自らの罪に、しっかりと向き合ってもらいたい。











