役者志望だった南原
もともとは役者志望だった南原。高校卒業後に上京し、横浜放送映画専門学院(現・日本映画大学)へ入学した。そこで運命の相方・内村光良と出会うことになるのだが、当時の様子を放送作家はこう語る。
「お母さんは、内心では心配でたまらなかったのでしょう。南原さんが上京する際には、わざわざ東京まで付き添っていったそうです。その後も地元の特産品や生活用品などを、高松から絶えず送り続けていたといいます」
そんな母の無償の愛に、若き日の南原も心動かされていた。
「アパートで自炊を始めたころ、冬の冷たい水で洗い物をしながら、ふと“母親も毎日こんな冷たい思いをして家事をしてくれていたんだな”と気づいたそうです。それ以来、『母の日』には公衆電話から実家へ電話をかけ、感謝を伝えていたという心優しいエピソードもあります」(前出・放送作家)
今や“芸能界の座長”として、後輩たちからも慕われる南原だが、順風満帆なことばかりではなかった。
「『ヒルナンデス!』が始まった当初、帯番組のプレッシャーと生活リズムの激変で、精神的にかなり追い込まれていた時期があったそうです。そんなとき、妻から“あなたが楽しくやっている姿がいちばん大事”と声をかけられ、救われたと明かしていました」(前出・テレビ局関係者)
家族の絆を糧に、12年間、お昼の茶の間に笑いを届けてきた南原。
最愛の母を送り出し、再びスタジオに立つ彼の姿を、天国の母もきっと「楽しいのがいちばん」と、優しい眼差しで見守り続けていることだろう。

















