「チョコレートは明治」のフレーズでおなじみの明治ミルクチョコレート、通称「ミルチ」。株式会社 明治が1926年に発売したミルチは、なんと今年で100周年!
大きな節目を前に、現在は99周年企画「時をかけるチョコレート」を展開中。中森明菜やFRUITS ZIPPERら世代を超えたアーティストが『明治チョコレート・テーマ』を歌いつなぐプロジェクトなど、さまざまな特別企画でアニバーサリーイヤーを盛り上げている。
国民的チョコレートは、一体どのような歴史を歩んできたのだろうか?株式会社 明治の明治ミルクチョコレート100周年マネージャー・岡部祥子さんに話を聞いた。
超高級菓子として憧れの存在だった
「明治ミルクチョコレートが誕生した1926年は、大正デモクラシーの影響から日本人の食生活が大きく変わった時期でした。食の洋風化が浸透し始めたことで、西洋菓子であるチョコレートも国内で広がっていったそうです」(岡部さん、以下同)
その背景には1914年に起きた第1次世界大戦の影響もあった。戦争により西洋菓子の輸入が途絶えたのをきっかけに、明治製菓の前身である「東京菓子」がチョコレートの国内製造に本格的に乗り出したのである。
「当時、明治グループの創業者である相馬半治は日本と台湾で製糖事業を展開していました。そこで砂糖の消費先として目をつけたのが、チョコレートでした」
砂糖を広めるために、チョコレートの製造に乗り出した相馬氏は、その後1917年にアメリカから機械を導入し、技師を招致。最新設備を整えた工場を建設し、チョコレートをはじめ、キャラメルやビスケット、キャンディーなどの製造を開始した。
やがてドイツからチョコレート技師を招き、新しいチョコレートの商品開発を始める。神奈川県川崎市にある工場にカカオ豆から一貫製造できるチョコレート専用の設備を導入し1926年、ついに「明治ミルクチョコレート」が誕生したのだ。
しかし当時の一般庶民にとって、チョコレートは高級品。今のように手軽に食べられるお菓子ではなかったという。
「当時の記録によると販売価格は20銭でした。当時の工員の1日分の賃金に値するといわれ、相当な高級品だったことがうかがえます」
その後、日本の経済成長とともに量産化が進んだことで、価格も徐々に安価に。庶民も気軽に食べられるお菓子として定着していったのだ。






















