日本の文化の形成にも一役買った
ミルチの印象的なパッケージデザインは、時代ごとにマイナーチェンジしつつも大枠は現在に至るまで変わっていない。
「発売時、デザインにはかなりこだわったという記録が残っています。高級に作りすぎても、安く作りすぎてもいけないということを意識し、このようなデザインにたどり着いたそうです」
特に、1966〜2009年までのデザインは、グラフィックデザイナーの亀倉雄策氏によるもの。1964年開催の東京五輪のロゴを手がけるなど、戦後日本のグラフィックデザインにおけるパイオニア的存在だ。
また、歴代パッケージの中には、唯一赤いカラーのデザインがある。第2次世界大戦によって一時的に販売を中止していたミルチの販売が再開される際に採用されたのがこのデザインだ。
「パッケージの裏面には『明治チョコレートは最高の原料を用いて、少しの不純物も混ざっておりません』という文章が記載されています。戦争が終わり、ミルチの発売が再開された喜びを表したと思われます」
現在、99周年企画を絶賛展開中のミルチだが、これまでも数多くのキャンペーンを実施している。古くは戦前に「百点賞付のチョコレート」なる企画が実施されていた。
「ミルチの包み紙の裏に点数が印字されており、100点分を集めてお菓子屋さんへ持っていくと、ミルチや明治キャラメルに交換できるというキャンペーンをしていたようです。昭和期に発行していた『スヰート』という社内報にその記録が残っています」
さらに『明治製菓40年小史』によると、このキャンペーンが及ぼした影響について興味深い話が残されている。
昭和13(1938)年9月8日の「東京朝日新聞」朝刊に、戦争に行った父親が息子のために慰問袋からチョコレートの包装紙を集めたという話が掲載された。具体的な社名の記載はなかったが、恐らく明治製菓のキャンペーンだと思われる。
この美談はたちまち世間に広まり、東宝映画が『チョコレートと兵隊』というタイトルで映画化した。ミルチは大衆文化の一端も担ったのだ。

















