'20年4月、息子とキャッチボール、素振りを指導する阿部慎之助
'20年4月、息子とキャッチボール、素振りを指導する阿部慎之助
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衰えを見せる“外様”のFA選手には、評価がきびしくなる印象の巨人。丸選手と似た境遇に置かれ、引退していったのが村田です」(前出・ライター、以下同)

「優勝したい」との理由で、2011年オフに横浜DeNAベイスターズからFA移籍を決断した村田修一氏(45)。2012年の開幕から巨人軍4番を任されるも、以後のシーズンでは好不調を繰り返し、当時の原辰徳監督(67)を満足させるには至らなかった。

 すると高橋由伸氏(51)が指揮を取っていた2017年、GM職に就いていた鹿取義隆氏(69)は、37歳の村田に戦力外通告を言い渡す。

残り135本としながらも引退した

「巨人としては、獲得に乗り出しやすい自由契約を“親心”とするも、実際には手を挙げる球団はなかった。現役にこだわって2018年を独立リーグでプレーした村田でしたが、やはりNPBからお呼びがかからずに同年をもっての引退を決意しました。

 巨人の最終年で村田が打ったヒットは100本で、通算安打数を1865本としていました。本人はまだまだ巨人でプレーできる自信があり、2000本まで残り135本としながらもあっさり解雇された。あらためて“外様”の扱いぶりを露呈した出来事でした」

 その後、FA移籍での契約時の“手形”としていたのか、2019年から巨人でコーチを4年間務めた村田。その後は千葉ロッテマリーンズを経て、2025年から古巣のDeNAに復帰してコーチ、2026年からは二軍監督に就任して尽力している。

「チームが困った時にベテランの役割を果たしてほしい」「2000本を後押ししたい」

 シーズン開幕前、丸の起用法を問われた際には変わらず信頼を寄せ、2000本安打の達成に期待をかけていた阿部監督。“その時”にチョイスされるのは丸か、それともーー。