世間からも安堵の声
1973年に25歳で漫画家としてデビューした蛭子。80年代後半からは、バラエティ番組など多数のテレビ番組に出演し、彼の独特の天然なキャラクターがお茶の間に広く知られるようになった。
認知症公表後、現在はほぼ公の場で見ることはなくなった。しかし今回の報道をきっかけに、精力的に仕事を続けている蛭子の様子に世間からも安堵の声が集まっていた。
《最近はお見かけする事も少なくなりましたが、マネージャーの方に支えられ、お元気そうで何よりです》
《こんなに温かい心のあるマネージャーさんに巡り会えて、蛭子さんも幸せですよね》
《えびすさん少しでも長く執筆が続けられますように》
長年お茶の間で愛されてきた蛭子。それは今もなお変わらず、温かい声にあふれている。
「2024年には、『太川蛭子の旅バラ』で共演した俳優の太川陽介さんのYouTubeチャンネルで5年ぶりに蛭子さんに会いに行くという動画がアップされたこともありました。業界からも蛭子さんを慕うタレント陣は今でも多くいるのです。認知症が進行しながらも蛭子さんが穏やかに生活できることを誰もが願っているのでしょう」(前出・芸能ジャーナリスト)
蛭子の人柄が、温かさの連鎖を生んでいる。

















