1977年2月、赤坂プリンスホテルで結婚式を挙げた中村雅俊と五十嵐淳子さん
1977年2月、赤坂プリンスホテルで結婚式を挙げた中村雅俊と五十嵐淳子さん
【秘蔵写真】赤プリ結婚式で、幸せそうにイチャつく中村雅俊と五十嵐淳子さん

ふたりは楽屋で挨拶を交わし、五十嵐さんがその場から立ち去ると、中村さんは“え~かわいい”と一目惚れしたようで、大はしゃぎしていたんです。1976年には、映画『凍河』でふたりは恋人役を演じました」(前出・テレビ局関係者、以下同)

『俺たちの勲章』は、中村と松田優作さんによるダブル主演ドラマだった。

五十嵐さんに好意をもったのは中村さんだけじゃなかったとか。当時は五十嵐さんを巡って、中村さんと優作さんがライバル関係になったと報じられました。1977年に中村さんと五十嵐さんは結婚しましたが、ふたりは人気が上り調子の時期。中村さんは26歳、五十嵐さんは24歳と若かったこともあり、周囲の反対を押し切っての結婚だったんです」

 結婚後は1男3女の子宝に恵まれ、五十嵐さんは一時、芸能界から離れることに。

「主婦として家庭を支えていましたが、1988年にフジテレビ系で放送された『教師びんびん物語』に出演して、女優業に復帰。1999年には、昔からの夢だったという生花店を東京の原宿にあるビルの1階にオープンさせました

 五十嵐さんは店の開業までに、1年もの歳月を費やした。

女優で、生花店と喫茶店のオーナー

「フラワーアレンジメントのスクールに通ったんです。生花市場やいろんな花屋さんに足を運び、流通システムの勉強もしたそうです。同じビルの2階にはお客さんがゆっくりくつろげるよう喫茶店もオープンしました。ケーキなどを取りそろえており、時には中村さんも顔を見せていたようです」

 五十嵐さんは女優であり、生花店と喫茶店のオーナーであり、家族を支える主婦としても奔走していた。なぜ、それほどまでに奮闘し、挑戦できたのか。

「五十嵐さんは、自分のことを“とても欲張りな人間”だと言っていました。子どもはたくさん欲しいし、仕事にも取り組みたい。さらに、良き妻でもありたいと強く願っていたんです。

 料理も得意で、レパートリーは60種類以上あったんだとか。五十嵐さんから何が食べたいか聞かれたら、すぐに答えられるように、中村さんは料理名をメモしていたといいます」(スポーツ紙記者、以下同)