診療以外にも手を差し伸べていく理由とは
「しろひげ」は、常時約1500人の患者を診察、毎月50~80人の患者を新規に受け入れるので年間2000人を超える患者を診る。医師は17人、看護師は40人。200人近い職員がいて、常時1500人の入院患者を抱える病院と考えれば、かなり大きな医療機関である。
診療を行うだけでもかなりのエネルギーを使うのに、なぜ医療以外のサービスを行うのだろう。そもそも在宅診療は医療機関に行けない人が対象なので、患者の家で診察を行う。すると患者さん以外に、家にひきこもりの子がいたり、精神疾患のある人がいたりする。またヤングケアラーの子どもがいることも。
「そういう状況を見ると放っておけなくなるんですよ。医療なんて、たかだか生活の一部でしかない。患者さんやその家族の人生を考えない医療は間違っています。僕は医師である前に、1人の人間。困っている人がいるのなら、なんとかその人の助けになりたいんです」
しかし、さまざまな地域で社会貢献活動に関わろうとすると東京都から「医療法人では、やっちゃいけません」と“指導”が。
山中さんはバカバカしいと思いつつ、カフェやしろひげ・べーすなどは株式会社を、ヤングケアラー支援はNPO法人を設立して活動を始めた。
かなり珍しい、いや貴重な医師である。看護師の武田里絵さん(随行看護師長)によれば、こういう医師はなかなかお目にかかれないようだ。
「たくさんの医師を見てきましたが、院長のような人は初めてです。白衣を着ないし、患者さんと話すときも目線が低いんです。相手によりますが、お宅に上がってあぐらをかいて話す。
敬語は使いますが堅苦しくないし、相手が心を許していると、言葉遣いがラフになっても決してぞんざいにならない。すごく繊細です。だから患者さんの心にスッと入っていく。患者さんだけでなく家族からもすごく好かれるんです」
次に訪問したのは、11歳の小学生・恭介君(仮名)。1年以上不登校状態のときに初めて診察した。1時間以上話し、薬を見直したところ、2週間後に学校に行けた。それまでは母親に「死ね」などとキツい言葉をぶつけていたが、口調も穏やかになった。家に入ると、恭介君と母親がいた。今も休む日のほうが多いが、山中さんは登校したことを褒めた。ただ、無理する必要はないとも言う。
「僕なんかね、小中高、ほとんど学校に行かなかったから。卒業式なんて1回も出たことないし、友達もいなかった。でもこうして元気で仕事をしているから大丈夫だよ」
恭介君は時折うなずきながら、話を聞いていた。
山中さんが話した不登校の経験は、恭介君の気持ちを楽にさせようと作った話ではない。かなり生きづらさを抱えた少年だったのだ。
山中さんは1976年、三重県松阪市で生まれた。2人きょうだいで妹がいる。
普段は陽気にしゃべる山中さんだが話題が少年時代のことになると、やや口が重くなる。それもそのはず、「自分は、どうして今、生きてるんだろう」などと考える子どもだったからだ。それがわからず何度も自殺を図った。人間関係を築くのが嫌で、友達もいない。休み時間はトイレにこもるか、階段で座っていた。
「でも全然寂しいと感じなくて、むしろ放っておいてほしいなぁと。かまわれることもつらくて、人と付き合うのが苦しいと思っていました」


















