「武器、チャームポイント」と褒めたもらった眼帯をつけ過ごしているあやかさん
「武器、チャームポイント」と褒めたもらった眼帯をつけ過ごしているあやかさん
【写真】顔面は器具が埋め込まれ悲惨な状態に……

 あやかさんは岐阜県の田舎育ち。生家は山の中にあり、本人いわく「めちゃくちゃド田舎」。小学校は全校生徒で100人にも満たず、みんな顔見知りだった。

家族に育まれた前向きな心

「だから小学校では、『あやかちゃんはこういう子』みたいな感じで、普通に受け入れて仲良くしてくれました。クラスの男子が、『あやかの顏はぐちゃぐちゃだ』と冗談半分でからかっても、女子の友達がかばってくれたりして。見た目のことでいじめられるとかはなかったです」

 中学、高校もごく普通の学生時代を過ごす。ファッションやメイクに興味を持ち始めた思春期を迎えても、見た目に対しコンプレックスを抱くことはなかった。

「でも、モヤモヤがひとつだけ。当時流行っていたギャルへの憧れから、ギャルメイクをすごくやりたいのにうまくできなかったんです。そこで思いついたのが、今もしている左目の『眼帯』。

高校時代、ヘアメイクを楽しめるようになったと語るあやかさん。友達とプリクラを撮って楽しんだ
高校時代、ヘアメイクを楽しめるようになったと語るあやかさん。友達とプリクラを撮って楽しんだ

 両目のメイクをそろえなきゃいけないところを、目が左右同じじゃないから限界があったんですけど、眼帯をすればバランスは考えずにすむんで。眼帯をつけ始めた高2から、一気にメイクが楽しくなりました」

 明るく、何事にも前向きな印象のあやかさん。そうした人柄を生んだ原点は家族の存在にある。

「両親は、病気だから外に出さないとか、これをやったらダメとか、一切なかったです。深い愛情で2人いる兄と同じように育ててくれました。兄には守られながらケンカもして。そういう家族を見て地域の人や友達も私に寄り添ってくれるから、明るく、前向きでいられるんだと思います」

家族と友人がくれた居場所

 病気を意識しなくてすむ恵まれた環境にいたあやかさんだが、社会に出たらそうはいかなかった。おしゃれが大好きなあやかさんはアパレル業界で働くのを夢見て、19歳のときに名古屋へ。好きなブランドのアパレル店員の面接を受けるも不採用。その後挑んだ数社の面接でも不採用が続いた。

「ショックでした。病気のことは隠したくなくて正直に話したんですけど、面接では大抵『その眼帯、いつ外せますか?』と聞かれて」

 不採用の理由はわからなかったが、当時のあやかさんは「病気が原因かもしれない」と感じ、深く傷ついた。 

 名古屋では初めてひとり暮らしを経験。自分を知らない多くの人と知り合い、ある感覚を得ている。

「『目、どうしたの?』『眼帯は?』とみんなから声をかけられて。そのとき、『私は人と違うんだ』って、はっきり自覚しました」

 夢破れたあやかさんは地元に戻り、パワーを充電したのち今度は東京へ向かった。自分でデザインした“おしゃれ眼帯”のブランドを立ち上げるという秘めた思いを実現するためだ。

「母親の言葉がきっかけでした。『あなたはファッション好きだから、毎日のコーデに合うようなかわいい眼帯を作ってみたら?』と。すぐその気になり、作品を作り始めて。で、『東京に行ってファッションビジネスを学び、起業しよう』と思い、上京したんです」