東京ではスクールに通いつつ、再びアパレル店員の面接に挑戦。病気のことを理解してくれる職場とめぐり合い、念願の採用を勝ち取った。そんな充実した日々の中、あやかさんは東京を去る決断をする。
社会に出て初めて知った現実
「東京に行けば人生が変わると思っていました。だけど実際に暮らしてみて、東京に限らず、『やりたいことはどこにいてもできる』って気持ちが強くなっていったんです。
SNSの時代になったからなのかもしれません。やりたいことができるかどうかは場所ではなく、自分次第なんだと気づいたんです」
東京で過ごしながら、あやかさんは自分自身が病気を理由に壁をつくっていたことにも気づいた。
「昔は、アパレル店員の面接に落ちたのを病気のせいだと思っていました。でも、病気を理解してくれる職場もある。問題は病気じゃなくて、病気のせいにする私自身なわけです。自分でチャンスをつかみにいくことが大切なんだって」
病気を言い訳にしない。できることに目を向ければいい。成長を遂げようとする中、友人の言葉が支えになったそう。
「眼帯は世間一般にはネガティブなイメージですけど、『あやかの眼帯は武器、チャームポイントだよ』って言ってくれて。うれしかったし、救われました」
現在はアパレル業界に身を置きつつ、おしゃれ眼帯のブランドづくりに取り組み、さらに将来的には同じように病気と向き合う人たちが自由に思いを語り合えるコミュニティーをつくりたいと考えている。
「昔は何度も『もし病気じゃなかったら……』と思いました。今は違います。病気があっても、どこにいても、努力次第で人は輝ける。そう強く思っています」
取材・文/百瀬康司
あやかさん
1991年、岐阜県生まれ。生まれつき顔の左側の骨が成長しない「左顔面骨形成不全症」。現在はアパレル業界で働きながら、Instagramやブログで自らについて発信。おしゃれ眼帯の制作も行っている。
1991年、岐阜県生まれ。生まれつき顔の左側の骨が成長しない「左顔面骨形成不全症」。現在はアパレル業界で働きながら、Instagramやブログで自らについて発信。おしゃれ眼帯の制作も行っている。













