客は魚ではなく、〇〇を見ていた!?
「魚は別に好きやなかった」
中村さんは意外なことを言う。子どものころから昆虫はくさいから嫌いで、家で図鑑を見るほうが好きだったという。
三重県中部の嬉野町(現・松阪市)生まれ。海のないところで育った。父は教師、妹が1人いる。成城大学では経営学(マーケティング)を専攻。本が好きで、出版社などメディアに就職したかったが、成績が芳しくなく、断念。そんなとき地元の友人から誘われたのが鳥羽水族館だった。
「同じ県内なのに2回しか行ったことがなかった。でも、よく考えたら、魚とか生物を見せて何か伝えるところだから、“水族館はメディア”やんって。自分にそう思い込ませて鳥羽水族館に入りました」
1980年、鳥羽水族館に入社すると、飼育係を志願した。営業や事務系の人材として採用されたのはわかっていたが、「水族館をメディアと考えている以上、伝えるものの根本を知らなければ何もできない」と考えたからだ。
まず掃除などを任され、一方で、『日本産魚類大図鑑』という分厚い本を買って、掲載されている魚を全部覚えよという指令を受ける。
「子どものころから図鑑を眺めるのは好きやったけど、暗記は大の苦手でね。同期が覚えていくのに俺1人大苦戦。完全な落ちこぼれでした」
入社2か月後に転機が訪れる。展示生物の解説文を書くよう指示されたのだ。小学6年生のとき、三重県の読書感想文コンクールで2位に輝いたことがある。“よっしゃ、まかせとけ”とスイッチが入ったが、ハタと思った。お客さんはどんなふうに解説文を読んでいるのか、と。そこで、館内を観察してみることに。
「ほとんどの人は読んでいないんですよ。読んでいる人でも長い解説になると、途中で読むのをやめていました」
そこは大学でマーケティングを学んだ人である。ストップウオッチ片手に、来館者が水槽をどう見ているか、入館から退館まで、こっそりついて回った。するとまたしても発見があった。
「水槽を全然見ていないんです。例えば入ってすぐの水槽は、どんなに小さい水槽でも見るけど、順路の最後にジュゴンがいるのにほとんど見ていなかったりする。また水槽の大きさにかかわらず、よく見られる水槽と、チラ見で終わる水槽があるんです」
いったい、客は何に注目しているのか─。
「水中を見ているんですよ。魚への興味ではなく、水中感を味わいに来ているんだと思いました。自分が海や川に浮かんでいるような感覚。それを見て、大切なことに気づいたんです。“水族館の思惑とお客さんの行動や要求にはズレがある”“水族館は見る人のことを何も考えていない”と」
昔から「常識」を疑う子どもだったという。母親から「道を歩くときは目をつぶってはダメ」と言われても納得できず、実際に目を閉じて歩いてみて、田んぼに落下。そこでようやく納得した。何でも自分で確かめないと気が済まない子どもだったのだ。
解説文の仕事を機に“ズレ”に気づき、それを修正する解決策を2年間考え続けたが、なかなか見つからなかった。
ヒントにたどり着いたのは、飼育係3年目のとき。スナメリという小さなイルカの出産シーンが偶然撮影できたのだ。へその緒が伸びて切れる瞬間や、授乳シーンも収録できた。
大学時代、8ミリ映画を作るグループに所属していて、脚本と演技担当だったが、撮影の手ほどきも受けていた。
「映像をNHKに送ると、これは世界初かもしれないと、すぐ放送してもらえて。翌日からスナメリ見たさにたくさんお客さんが来るようになった。これで水族館がメディアになったと思いました」



















