警視庁に逃げ込む。そして結婚へ

 塚原さんは一時的に父親と2人暮らしになったこともある。そのときは逃げ場がなかった。

「高校中退後、父の出稼ぎのため、2人で東京都内に住んでいたんです。そのとき、妹は西日本にいた祖母と一緒に暮らし、弟は施設に入っていました。当時、母親は父親と離婚し、再婚していました。父親と私だけだったので、おもちゃにされてしまったんです」

 その後、妹も上京してきたが同時に性的虐待をされたこともあったという。16歳のとき、被害に遭った妹を連れて、警視庁本部に行った。

「これまで妹の生活もあるから、私はレイプされようが、『この家で我慢するしかない』と思っていたんです、私が家を出ていくと、妹が性的対象として全部引き受けることになってしまう。それが嫌で、我慢して家にいたのに、『これじゃ意味ない』と思って妹を連れて出たこともあります」

 これをきっかけに児童相談所に保護された。

「刑事さんには『お父さんを逮捕はできるけど、3年で(社会に)出てきちゃうけど、仕返し大丈夫?』と言われました。私は『仕返しは怖いです』と言い、父親は逮捕されませんでした。児相に保護してもらいました」

 その後、彼氏とその母親と一緒に住むようになる出来事があった。

「ある日デートに行き、夜、保護施設まで送ってくれたんです。そのとき、父親の車が施設の前で止まっていて、帰れなくなり彼の家でかくまってくれました。その家にも父親が来るようになり、彼が仕事中に私は拉致され、ホテルに連れていかれレイプされたのです。それからは彼のお母さんの家でかくまってくれました」

 その当時の彼氏が現在の夫である。塚原さんは「ダーリン」と呼ぶ。

「共通の知人からある程度聞いていました。ワンクッションあり、ショックは軽減されていましたし、私も良い環境で育っていたわけではありませんでした。『自分より大変な状況の子もいるんだ』と思いました。

 妻の父親の車が施設の前に止まっていて、震えていた妻を見て『施設にはもう帰らなくていい』と私の家に連れて帰りました。助けなければという気持ちでした」(塚原さんの夫)

 しかし、父親はその場所を探し当てた。そのとき、2人は父親から逃げた。

「あのときのことは今でもよく覚えています。『返せ。連れて帰る』と言われたので、『離れる前に3分だけ2人で話をさせてください』と頼み、2人きりになったんです。妻の耳元で『俺のこと信じてくれる?』と聞いたら妻が『うん』と答えたので、『今から全力で走って!』と妻の手を取り、逃げました。私が育った地元だったこともあり、裏道や知らない人の家の庭などを通り抜けて、手をつないで走りました」(同)

 ただ、性的虐待中、父親は避妊しなかったため、塚原さんは妊娠してしまう。

「そのときに、父との間の、4か月目の子どもを身ごもっていました。彼氏の子として産もうとしていたんですが、トイレで大出血してしまいました。それで、便器の中に赤ちゃんが落ちちゃったんです。

 彼氏のお母さんが拾ってくれて、救急車で運んでくれましたし、費用も負担してくれました。医師に話をしたら、『遺伝子の異常ではないか。流れたのはあなたの問題ではない』と言ってくれました」

 このころ、塚原さんはダーリンと結婚した。ただ、結婚しても、父親の付きまといは終わらない。

「妻がまだ17歳のころは、法で守るしかありませんでした。妻は保険証もない状態でしたし、警察に一緒に行くにも、病院に行くにも、夫ではないのでサポートができず、結婚することで守ろうとしました。とにかく一緒にいるようにしたんです。仕事中に車の中で話をしていたところを見つけ、妻の父親を殴ったこともありました」(塚原さんの夫)

 塚原さんは、婚姻届の保証人を叔母の藤田さんにお願いするため、連絡を取った。藤田さんが塚原さんの被害を知ったのもこのころで、その後、付き合いも本格化する。

「たえが結婚するときに『保証人になって』と電話があり、引き受けました。遠方に住んでいたため、頻繁には会えなかったのですが、会うたびに、たえと話をするのは、過去の被害のことでした。普通の昔話はないですからね」(藤田さん)