日本の高校に編入し、その後21歳で日本デビュー。今年15周年という節目を迎えるにあたり「21世紀のリストになる」との決意を表明。かつて音楽室にあった歴代名作曲家の肖像画の中にあった、端正な顔立ちのリストを記憶している読者も多いだろう。
音楽の楽しさに気づける子を一人でも増やすことができたら
「確かにリストは若いころ女性のファンが多かったです。ピアノの魔術師といわれ、彼の演奏中に失神したり、彼の汗を拭いたり髪の毛を拾う人までいたそうです。そういう話ばかりが先行していて、彼の音楽家、人間としての偉大さがあまり伝わってないのが残念で。ちょっとかわいそうなんです」
リストは教育家でもあり、ピアノ・リサイタルというコンサート形式を確立した。また、ピアノという楽器を職人とともに現在の形に完成させたほか、「チャリティー・コンサート」も初めて行った。
ヨーロッパで水害が起きれば、演奏会を開いて貴族たちから寄付金を集め、自ら被災地に足を運んで物資を配り、国会で答弁もするなど、政治家や外交官のような役割も果たした。
「音楽家・文化人としての枠を飛び越えた活躍ぶりが、現在につながっている」と、金子さんは語る。
「私はハンガリーで、リストから5代目の直系の弟子にあたる教授の教えを受けることができました。現代において、リストだったら何をするかということを考えて、音楽家として、社会人として生きる覚悟を決めたのです」
リストの生きざまを模索する中で生まれた活動の一つが、子どもたちへの教育活動だ。
「大人と接するように対等に付き合っています。すると、ふとした瞬間に打ち解けるときがあるんですよ。関西だと『兄ちゃん、案外ピアノ弾けるんやなぁ』なんて言ってくれたりして(笑)、うれしくなりますね。
実は、ハンガリーの人たちのコミュニケーションもボケとツッコミ的なところがあって、関西に似ているんですよ。モニター越しでなく、生でピアノに触れ、聴く経験で心が豊かになり、音楽の楽しさに気づける子を一人でも増やすことができたらと願っています」



















