同級生との運命的な再会
20代後半になっても、結婚には慎重だった。
「芸能人のイメージで見られると困る、人間としての自分を見てもらえなければうまくいかないと感じていたんです」
あるとき、時々行くレストランで、オーナーから1枚の名刺を渡された。そこには高校の同級生の名前が……。オーナーが共通の知人で、「彼女が来たら渡して」と頼まれていたのだ。
「高校を卒業してからは、ほとんど会っていなかったんですが、再会したら、昔のままに会話ができた」
それが後に夫となる辻野隆三さんだ。当時はプロのテニス選手で、あの松岡修造さんをして「唯一、勝てない人」と言わしめた実力者である。
彼とは共通点を感じ、心の深い部分で理解し合った。
「ソロシンガーって、舞台に立つと孤独なんです。もちろん、サポートしてくれるスタッフはいるけど、舞台上では、すべての責任は私にある。彼もプロ選手としてコートに立つと、たった1人で闘わなければいけない」
テニス選手の生活は過酷だ。試合が終わるとすぐ別の国での試合のため、移動。エアチケットやホテルも自分でブッキングしなければいけない。
「大変な思いをしながら試合に挑み続ける。気持ちを切り替えていくのがプロなんだと尊敬しましたね」
会話が弾み、笑いが途絶えなかった。“この人しかいない”と確信し、再会して3日で結婚を決めた。
32歳で結婚するとき、社長からは「結婚イコール引退だと思いなさい」と厳しい言葉があった。それは当然だと彼女も思っていた。
「お呼びがかからなければ、それまでだと腹をくくりました。3人の娘に恵まれて、4年間ほど子育てに専念していた時期も、仕事への焦りはなかった。今できることに集中していましたね」
その間2年ほど、夫が仕事のパートナーと開校したテニススクールがある山梨県に住んでいたこともある。
「果物はおいしいし、公園は広いし、近くに温泉もある。いい環境で子育てできましたね。父の気持ちがよくわかった(笑)」
子育てには、父のモットーが反映された。彼女が子どもたちに言ったのは「人によって態度を変えるな」ということ。相手の肩書によって、自分の態度を変えてはいけない。人間はみな平等なのだから、と。



















