復帰後の変化、ブレない想い
音楽への情熱が冷めていたわけではない。休んでいる間にウクレレを独学で始めたり、かつて挫折したギターをもう一度学び直したりした。
もちろん、周りも彼女を放ってはおかなかった。復帰のきっかけとなったのは、デビュー25周年のアルバム制作の企画が立ち上がったことだ。アルバムは無事にできたが、発声や歌へのアプローチが鈍っていると自分で感じた。だからその後、2年ほどかけて「鍛え直した」。自分への厳しさは変わっていなかった。
「夫は『ミュージシャンに年齢は関係ない。人生経験を重ねたからこそ歌える歌もあるはず。やめちゃいけない』と言い続けてくれたんです」
その声に背中を押され、ついに本格的にワンマンライブを再開したのは2014年。30周年のアルバムをつくったあとだ。
「久々のライブは怖くてたまらなかった。舞台で頭が真っ白になるんじゃないかと不安で。でもいざ始まったら、ステージ上から以前からのファンの方の顔が見えたんです。待っててくれた人がいるのがうれしかった。心から安心しました」
そしてあの「不思議な魔力を持つ楽曲」『ダンシング・ヒーロー』が再び旋風を巻き起こしたのが2017年。大阪府立登美丘高校ダンス部が全国大会で、タレント・平野ノラのネタをもとにした「バブリーダンス」を披露して8000万回を超える爆発的な動画再生数を記録したことだった。荻野目はまた引っ張りだこになった。
「たまたま彼女たちのダンスをテレビで見てびっくりしました。芸能人としての私に興味のない娘たちに初めて『踊って』と言われたりしましたね」
急きょ、全曲『ダンシング・ヒーロー』という特別編集版CDも発売された。再びタッグを組んだ三浦亨さんは、荻野目に「先生、今回は遊ぼ!」と言われて驚いたそうだ。
「些細なところでも、彼女は遊びのある振り付けをあまり好まなかったんです。くそまじめだった彼女が、ずいぶん柔らかい大人になったなと感激しましたね」
肩肘を張らなくなったのは「笑うことが好き」な夫の影響かもしれないと荻野目は言う。結婚して25年たった今も夫とは何でも話す。
「後から、実はそう思っていたのかと知るのは嫌だから。意見の相違はあっても、不快になることはないですね。人生、決して順調なことばかりではないですが、夫がとてもチャーミングに『サボりも大事』と言ってくれる(笑)。だから自然に笑ってる自分がいるんです。あんなに慎重派だったのに、『ま、いっか!』って」
近年は新たな挑戦に次々取り組んでいる。
2024年には所ジョージ作詞作曲、木梨憲武プロデュースで『Let's Shake』を発表。異色の組み合わせが話題になった。'25年には全曲、作詞作曲、セルフプロデュースによるデジタルアルバム『Bug in a Dress』をリリース。これまでに歌ってこなかったタイプの楽曲に挑戦したいという彼女の意欲から生まれた作品だ。今年、10月からはライブツアーも始まる。
歌に向き合う姿勢は、プロになると決めたときから、まったくブレていないという。
「売れたいからというよりも、私は歌が好きだから歌っている。例えば、『もうつらいからやめたい』と、何かを諦めかけている人が、私の底抜けに明るいパフォーマンスを見て、思い直してくれたりするほうがうれしいですね。音楽への思いだけは純粋じゃないといけない。そこが濁ったときは自分がダメになったときですね」
歌いたい。誰かに思いを届けたい。その純粋さが彼女の軸となり、そのために彼女は今日も挑み続けている。
2026年ライブツアー情報=10/23(Fri)神奈川・Billboard Live YOKOHAMA、10/30(Fri)大阪・Billboard Live OSAKA、12/5(Sat)静岡・焼津市大井川文化会館、12/20(Sun)石川・北國新聞赤羽ホールにて開催予定!
取材・文/亀山早苗


















