小学生の頃、母親の紀子さまと一緒に被爆地・広島を訪問
2018年の夏休み期間中、お茶の水女子大学附属小学校6年生だった悠仁さまは自分で強く希望して、母親の紀子さまと一緒に被爆地・広島を訪問したことがある。両親はこのことを、悠仁さまの成長の証しとしてとても喜んだ。秋篠宮ご夫妻のその年の記者会見でのやりとりは次のようなものだった。
「今まで長男は沖縄、長崎、小笠原に行っていますけれども、広島には今まで行ったことがなかったんですね。そういう何かまとめるにあたって、本人自身がぜひ広島に行きたいという希望を持って、それで、家内と一緒に行ったわけですね。
そのように、かなり自主的に動くということをするようになってきたと思いますし、自分の意見もはっきり言うようになったなという印象は私にもあります。一方、自分の主張だけをどんどんするのではなくて、人の話にもきちんと耳を傾けるようになってきたなと思います」(秋篠宮さま)
「小学校の6年生でも夏休みの宿題・課題が多く出され、それは7月に入ってからでしょうか、(長男は)この課題をどのように進めていこうかと、自分で考え(略)長男が、できれば(この夏に)広島を訪れて、資料館や関係者から話を聞いてみたいとのことだったので、参りました」(紀子さま)
戦後80年の節目の年にあたる2025年7月11日、佳子さまと悠仁さま、それに、秋篠宮ご夫妻の家族4人は、東京都目黒区にある東京都写真美術館を訪れ、「被爆80年企画展 ヒロシマ1945」を見学した。
この企画展は中国新聞社など報道機関5社の主催で、各社のカメラマンや市民らが撮影した原爆投下直後の写真など約160点と映像2点を公開していた。
ご一家は担当者から説明を受けながら、原爆投下後の広島市街や激しいやけどを負った市民の様子を撮影した写真などを真剣な表情で見て回った。
秋篠宮さまは爆心地から2・2キロ地点の写真を見て、放射線が人体に及ぼす影響に触れながら、「かなり爆風が強かったんですね」「やはり核はなくならないといけないですね」と口にした。悠仁さまは「写真や映像が持つ情報の多さや力を感じました」との感想を述べたという。
同じ年の7月、全国高校総合体育大会(インターハイ)の総合開会式に出席するため広島県を訪れた秋篠宮ご夫妻は、平和記念公園にある原爆死没者慰霊碑に供花し、拝礼した。そして、ご夫妻は広島平和記念資料館で、高校生平和大使を務める被爆4世の甲斐なつきさんらと懇談していた。
その年の11月に行われた誕生日会見で、秋篠宮さまは次のように述べている。
「やはり戦後80年がたったということがあると思います。この節目の年にあたり、いろいろな展示会ですとか催しが行われ、また報道などでも特集の記事が組まれたりしていました。改めてそれらによって先の大戦へ思いを馳せ、また今の平和な世の中が継続していることの大切さというものを考えるきっかけになったのではないかと思います。
ただ、この一方で、先の大戦のことについては、節目の年だけに思い起こせばいいというものではなくて、これが今年は80年ですけれども、81年であっても、82年であっても、折々に思い起こして、過去に学びながら、二度と同じことを繰り返してはいけないということを、一人ひとりが確認することが大事なのではないか」
戦争の記憶を、「折々に思い起こして、過去に学びながら、二度と同じことを繰り返してはいけない」という秋篠宮さまの強い思いは、とても大切なことだ。佳子さまや悠仁さまたち、若い世代にもしっかり受け止めてもらいたい。
<文/江森敬治>


















