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酒井一圭 撮影/伊藤和幸
「自分で自分のことをプロデュースするのは苦手なんですよ。あんまり信じてもらえへんけどね」
どこかおどけた口調で、酒井一圭はそう自らを分析する。
「自分がやりたいことよりも、求められているものをつくり上げていくことのほうが大事じゃないのって。それをクリアし続けていくことに、モチベーションを感じるというか」(酒井、以下同)
「ゴールを決めるより、アシストに喜びを覚える」
'07年に結成された男性歌謡コーラスグループ「純烈」は、デビュー当初こそ鳴かず飛ばずの存在だったが、小さな会場やキャバレーを回る、いわゆる“ドサ回り”をする中で、健康センターに光を見いだし、いつしか『スーパー銭湯アイドル』と呼ばれるようになった。
年配層からの熱狂的な支持を集めた彼らは、'18年には悲願だった『紅白歌合戦』出場の夢を叶えた。酒井は、リーダーとして純烈の舵取りに奔走してきたが、あくまでそれは「求められたものを形にした結果」だと語る。
「やっぱり、あてにされなかった時代が長かったからね」
ポツリとこぼしたその言葉は、順風満帆ではなかったことを十分にうかがわせる響きを帯びていた。
「僕はゴールを決めるより、アシストに喜びを覚えるんです。もっと言えば、“攻撃の起点”になるのが大好き(笑)。『こんなんおもろいんちゃう?』『酒井君、こんなんどう?』と提案されて、それを前へ進めていくことにやりがいを感じるんです」
頼まれごとは試されごと。その繰り返しが、今の酒井一圭をつくり出したと笑う。
「子どものころは4番でピッチャーをやりたがるタイプだったのに」
変わらざるを得なかったーー。だが、そこに悲愴感はまったくない。自分が主役になるより、人を輝かせることに喜びを見いだす人へ。その原点をひもとくと、1人の少年時代へとたどり着く。
























