「父の夢を守ろう!」娘の入社で新展開

 '08年、鈴木さんが50歳のとき、社長を勇一さんから引き継いだ。

 鈴木さんは、売り上げの偏りをどうにかしなければと考えていた。同社の売り上げの6割を占めるサッカーストッキングの繁忙期は、春までの数か月に集中する。それ以外の季節を米ぬか靴下で埋められないかというのが、新社長のもくろみだった。

 新しい試みとして、米ぬか繊維で作ったネックウォーマー、夜寝るときに着けるおやすみ手袋、アームカバーを販売したが、期待したほど売れなかった。

「米ぬか靴下の開発はずっと、妻と私の蓄えを取り崩しながら続けていました。妻は家計をやりくりしながらね。私個人で始めたことだから、会社に迷惑をかけるのは何としても避けたかったんです」

 十分な資金と時間をかけられないため、開発スピードが遅くなるのは致し方なかった。

鈴木和夫さんが米ぬか繊維の開発に成功後、販路開拓などを担ってきた長女・みどりさん。親子でさらなる展開を目指し、奮闘している 撮影/伊藤和幸
鈴木和夫さんが米ぬか繊維の開発に成功後、販路開拓などを担ってきた長女・みどりさん。親子でさらなる展開を目指し、奮闘している 撮影/伊藤和幸
【写真】「締め付けない、きつくない」保湿作用もある『米ぬか靴下』

 そんな苦境を見て大きな決断をしたのが、CAをしていた長女のみどりさん。

 '14年、航空会社を退職し、鈴木靴下に入社した。

「CAになったとき、ビジネスクラスの担当を一つの目標にしていて、それが叶ったのと、結婚したタイミングだったんです。父の努力が無駄になるのがいちばん嫌で、父の力になりたいと思いました」

 鈴木さんは、みどりさんに家業を継いでほしいと言ったことはなかった。決断を聞いてうれしい半面、「親として責任を持てるのかという気持ちだった」と話す。

 以降、鈴木さんはみどりさんを、東京の営業先などに連れて行くようになる。

「話の内容が多少わからなくても、大手企業に行ったときのプレッシャーに慣れてほしかったんです。自分が苦労したから余計にね」