■読者から届いた一通の手紙

 また、最後に収録された『七つのカップ』については、こんなエピソードも。

「この短篇を雑誌に発表した後、読者からお手紙をいただいたんです。60代の女性からで、“この話は本当にあったことなのでしょうか”と書かれていた。

 その方もこの話に登場する女性と同様、息子さんを事故で亡くされて、何度も後を追おうと考えたそうです。そんな時に私の怪談を読んだら、幽霊が誰かを道連れにして人の命を奪う存在ではなく、むしろ人を救おうとする存在として描かれていた。“それで私も、息子をそんなふうに思っていいのかなと考えるようになりました”と綴られていました。

 その手紙を読んで、私が怪談に求めていたのは、きっとこういうことなのだと実感したんです。死や喪失によって恐怖を与えるのではなく、先に逝ってしまった人、残された人の思いに寄り添うのが怪談なのだと。

 だからこそ長く人に愛され、必要とされてきた。この方も私という作者が書いたものを超えて、その先にある息子さんの思いに触れてくださったんじゃないでしょうか。登場人物たちの気持ちを一番わかってくださるのは、もしかしたら作者の私ではなく、読者の方たちなのかもしれませんね」

 この本のタイトルを『きのうの影踏み』としたのは、自分は今日ここに生きているけれど、ひょっとしたら昨日のうちに何かが起こっていて、すでに自分は不思議な世界に入り込んでいるのかもしれないというところから。そんな日常に落とし穴があくような感覚を、ぜひ味わってもらいたいですね」

■取材後記「著者の素顔」

 4歳の息子さんがいるママでもあり、現在、第2子を妊娠中の辻村さん。

「長男を出産する時は、母親になったら気持ちがやさしくなってホラーやサスペンスは書けなくなるんじゃないかと思っていたんですが、何も変わらなかった(笑い)。ゾンビ映画とか今でも大好きで、子どもを寝かしつけた後に見たりします」

 ちなみに、取材当日に着ていたワンピースには、なんと青山墓地のプリントが。辻村さんの“怖いもの好き”を改めて実感!

(取材・文/塚田有香 撮影/斎藤周造)

〈著者プロフィール〉

つじむら・みづき ●1980年生まれ。2004年、『冷たい校舎の時は止まる』で第31回メフィスト賞を受賞し、デビュー。2011年、『ツナグ』で第32回吉川英治文学新人賞受賞。2011年、『鍵のない夢を見る』で第147回直木賞受賞。『ふちなしのかがみ』『本日は大安なり』『朝が来る』など著書多数。