複雑な思いを抱いていた”T氏”から救いの手が

 このとき、なすびを助けた意外な人物がいた。あの『電波少年』のT氏だった。

 なすびは当時を振り返る。

「Tさんは、こんなことを言いました。“最初はエベレスト登頂を目指すことがなぜ福島のためになるのか、理解できなかったけど、なすび君が懸賞生活で1枚1枚ハガキを書いて当選賞品100万円を目指してやってきた地道な努力と、エベレストの頂上目指して一歩また一歩踏み出していくこと、それは何かリンクするものがあるかもしれない”と言ってくれたんです」

 そして、「なすびがこんな活動をやってます」という応援する番組を「ニコ生」でやってくれたのだ。そのおかげもあって最終日の24時間で200万円以上の支援が集まり、目標額の600万円を大きく超える支援金となった。

「Tさんのほうから手を差しのべてくれたのが、うれしかったですね。“過去の電波少年で悪いことをしたな。若い芸人にいろんな無茶をさせてしまったことを今は悔いてる”ともおっしゃってました。“あのころの自分は面白い番組を作る、視聴率を取りにいく、そこに特化してしまっていて、人として、もしかしたらおかしなことになっていたかも。今は贖罪の思いすらある”とも」

エベレストチャレンジの出資を募ったとき、協力してくれた方へのお礼の品として誕生した「なすび小法師」

山の神が「来るな」というのか

 '14年4月。なすびの2回目のエベレスト挑戦。しかし、氷河の崩落事故が発生する。それはヒマラヤ登山史上、最悪規模の崩落だった。そしてネパール政府から登山中止が言い渡され、ベースキャンプで2度目の挑戦を断念することになった。近藤さんが言う。

「ベースキャンプで登山中止を発表したら、なすびさんは泣き崩れて、3日間テントから出てきませんでした。そして、僕らより2、3日後に下山したようです。よほどショックだったんでしょうね

 そして'15年4月。多くの人々の応援のもと「3度目の正直」という思いを胸に再々出発。これはネパール政府が去年、登山中止を決めたので今年は入山費用を繰り越してもいいと発表したこともあって実現したものだ。しかし、3度目の挑戦を目前に、思いもかけない事態に直面する。

 4月25日、現地時間11時56分。ネパール大地震発生。それは恐怖の体験だった。

「僕らはベースキャンプにいたのですが、“逃げろ!”の声でテント群の一角にあったくぼみに逃げ込みました。そこにものすごい爆風が襲ってきた。近藤さんが“口をおさえろ!”と叫んでいました。あとで聞いたのですが、雪崩に襲われて口から凍った空気が入ると肺が凍って死んでしまうんです。いま思うとあのときの一瞬の判断で生き残れたんだと思います。幸い僕が入っていた登山隊には人的被害はなかったのですが、テントはめちゃくちゃだった」

 ネパールでは死者2700人以上、多くの家屋や寺院が損壊。ネパール史上、最悪規模の災害となった。ベースキャンプでも登山者など19人が死亡、150人が負傷。'15年のエベレスト登山は再び中止となった。しかし、このときのなすびは、これまでとは違っていたと近藤さんは言う。

「思いもよらない地震でしたが、なすびさんは何をすべきかわかっていました。ケガをした人の救助、物資が吹き飛んだベースキャンプの復旧のために積極的に動き回っていましたね。逞しかったですね。人間的にすごく成長していると感じました」

 下山してからもエベレスト街道にある宿に宿泊しながら、被災地の状況をSNSを使って情報発信した。

「東日本大震災で、ネパールは被災地にいろんな支援をしてくださっていた、というのを聞いていたので“じゃあ、僕も現地に残って何かできることをしよう”と被災地に宿泊し、義援金の一助にしてもらおうと考えたんです」

 それにしても、2度までも登山中止の事態に遭遇するとなると奇跡的でさえある。

「さすがに、これは山の神様が“来るな”と言ってるのかなと思いました」