米軍基地のために破壊される悦楽の海

 大浦湾は深いブルーの海である。米空軍の滑走路が建設されようとしている名護市辺野古の海岸は、リーフ(環礁)の中にあって緑色に輝いている。遠浅の海底に太陽が反射しているのだ。

 このジュゴンがやって来る海に、惜しげもなく、ナイロン製の網にくるまれた砕石が投入され、埋め立て準備が始められた。住んでいない私でさえ、胸が痛くなる光景だ。

海上から工事中止を訴える抗議船の船長・相馬さん(右)と筆者。辺野古の埋め立て予定地にはサンゴ礁が広がる 撮影/浅井真由美
海上から工事中止を訴える抗議船の船長・相馬さん(右)と筆者。辺野古の埋め立て予定地にはサンゴ礁が広がる 撮影/浅井真由美
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 ジュゴンが帰ってくるか、どうか。

「この草がザン草。ジュゴンが好きな草です」

 相馬由里さん(38)が箱メガネを渡しながら言った。ザンはジュゴンのことである。私はジュゴンを見た人の話を聞いたことがある。「人魚」と言われる半身が、朝陽を浴びて金色に輝いていたそうだ。

 船べりから乗り出して、浅瀬を覗(のぞ)いてみると、緑色の長めの草が波に揺れているのが見えた。ジュゴンは特定の海草藻場だけにやって来る。その「食(は)み跡」が残されている、という。

 相馬さんは名護市の市民団体『ヘリ基地反対協議会』が所有する抗議船「平和丸」の船長である。神奈川県箱根町の出身だが、ダイビングの海に魅せられて沖縄に移住、3年前、小型船舶操縦免許を取った。

 彼女は4隻ある抗議船の専従船長のうち、たったひとりの女性船長である。定員13人のボートを操縦して、海上での抗議行動や、取材者や見学者を案内している。

 海のフェンスともいえる、オレンジ色のフロート(浮具)に沿って、建設予定地に向かう私たちのボートを警備して、海上保安庁の黒色の警戒艇が伴走している。

 私たちの船は海上に張られたフロートと黄色のブイに妨害され、建設予定地へは大きく迂回(うかい)しなければ近づけない。「臨時制限区域」として立ち入りが禁止されている。埋め立て予定地が160ヘクタールなのに、立ち入り禁止区域を560ヘクタールも取っているのは不当な処置だ。

政府は4月に辺野古で埋め立て工事に着手 撮影/浅井真由美
政府は4月に辺野古で埋め立て工事に着手 撮影/浅井真由美

「みんなの海だし、この人たちが仕切る権限、全然ないと思うんです」

 相馬さんは呆(あき)れた表情で言う。日曜日だったので工事はなく、のんびりした空気が漂っていた。県は国が進める工事を違法と訴えた。海底の状況も不安定で、難工事だ。

 海上保安庁の船からはひっきりなしに、「ここは臨時制限区域です。すみやかに退去してください」とのアナウンスが流れている。反対する市民のカヌーも数が少なく、水上バッタのようにスイスイ走り回っていた。

「向こうの島が平島(ひらしま)。休日には米兵が泳いできて、洞窟のところから海に飛び込んで、ロープを頼りにまた登ってきて、遊んでいます」

 サンゴ礁の海で泳ぐのは、米兵にとっての悦楽でもある。その海が米軍基地のために破壊されつつある。