生前の恵美さんの様子を語る當山さん。恵美さんは足の悪い當山さんに「大丈夫?」と声をかけ、いつもいたわっていた

 當山さんは恵美さんから将来の夢を聞いたことがある。

「あの子はひとりっ子だから結婚したら子どもが5、6人欲しいと話していました。男の子も女の子も産みたいって」

 同居していた男性とは婚約中で、幸せな未来はすぐ間近。

「沖縄の結婚式では最初に『かぎやで風』というおめでたい琉球舞踊を踊るんです。“私たちが踊ろうねー”と提案すると恵美ちゃんは“オッケー”と言って、笑っていました」(當山さん)

嗚咽は途切れることなく

 恵美さんは商業施設の化粧品売り場に勤務、事件の直前には美容関係の資格も取得して、将来の夢もあった。

 恋愛も仕事も、順調だった日々をシンザト被告が奪った。

 前出・大城さんは目を腫らし、怒りをあらわにする。

「この怒りも悲しみも消えることはありません」

 事件について、アメリカ側は「元海兵隊員であっても現在は民間人。軍とは関係ない」と主張。一方では、日本の警察より先にアメリカ軍が被告の身柄を拘束していた場合、日本側に身柄が引き渡されない可能性もあった。日米地位協定の壁だ。

 事件後、基地外で発生したアメリカ軍人・軍属による事件や事故の捜査を日本側ができるようにするなど、抜本的な見直しが求められている。

 11月16日、事件は裁判員裁判で初公判を迎えた。

 恵美さんの母親は両脇を抱えられながら傍聴席に。嗚咽は途切れることがなかった。

 殺意の有無が裁判の争点のひとつ。容疑者は罪状認否で「強姦致死と死体遺棄は認めるが、殺人については、被害者を殺すつもりはありませんでしたし、殺してもいません」と述べた。それ以降は黙秘を続け、質問に対し、何も答えない。

 検察側の冒頭陳述。恵美さんが行方不明になった昨年4月28日、シンザト被告は勤務終了後、女性を強姦しようと計画し車を走らせていた。そこに恵美さんが偶然通りかかり目をつけられた。